第1回パネルディスカッション「月の氷」
No.
7 |
2000年11月20日【月】21:33 |
出村裕英(NASDA) |
川勝さま、みなさま:
出村です。
> 月面では、環境条件とかから「基本的に水は存在しえない」
> ということだと思うんです。
> 大体のところは、押さえているつもりなんですが、
> 出村さん、ここらへんのところをわかりやすく説明していただけますか。
現在の月大気圧は7x10^(-7)Pa以下であることが分かっています。
地球大気圧1x10^(5)Paの約一千億分の一。まぁ「真空」です。H2Oの三重点圧力610.6Paを下回っているので、H2Oは固体の氷か気体でしか存在できません。その意味で、液体の水はありえません。
昼間の月地表温度は380K[ケルビン、温度の単位。0℃=273.15K。]にもなります。もしここに水を一滴垂らしたら、たちまち気体分子になって自由に飛び回ります。そして...月を脱出して宇宙空間に飛び去ってしまいます。従って、今の月には「水がない」とされているわけです。
ところが、月の南北極には一年中、陽が射さない「永久影」領域があり、月の夜の地表温度120K以下と考えられています。ここならば、H2Oは「氷としてならば」存在することができます。
実は、太陽に最も近い惑星、水星の南北極にも永久影があり、月ともども、かなり昔から「水があるかもしれない」、と一部の人達の想像力をかき立ててきました。最近の月探査でそれを検証する材料が揃ってきて、現在、ホットな議論テーマとなっているわけです。
大まかな背景説明としては、こんなものでしょうか?
もし、月に水があれば... 人類が活動するのに、地球からはるばる重い思いをして水を運んでこなくても現地調達で済みそう、とか、永久影の水の起源は何を語るか、とか、いろいろ話題はつきません。
とまぁ、まずは、こんなところでしょうか? |
No.
8 |
2000年11月21日【火】11:04 |
出村裕英(NASDA) |
まだ、閑古鳥しか鳴いていないようで、何人見ているのかも分かりませんが... 初意見が届きました。海外からです。
> ルナープロスペクターを月面に落下させて、そのときに
> 舞い上がった粉塵を解析して「月の水」の有無を確認する
> というプロジェクト(結局、解析に充分なデータが得られ
> ませんでしたが)は、私の勤める Center of Space Research
> (http://www.csr.utexas.edu)が発案し、衝突のための
> 軌道解析をおこなったこともあり、「どのようにして、
> 月面の水(氷)の存在を確認するのか」というテーマに
> 興味があります。
どのようにして確認するか、ということに関してですが、私の知る限り、現段階のすべて議論の基盤は間接証拠です。
電波で見て、氷は高反射能かつ特異な円偏光比を示します。クレメンタインはこの特徴を捉えようと、通信用電波を極永久影領域に反射させて地球で受信しました。
第一報で氷存在の可能性が示唆されて、再解析第2報で南極には見あたらないとされ、ホントのところがよく分からなくなりました...
☆Scienceの古い記事は、フルテキストがオンラインで読めます。
http://www.sciencemag.org/search.dtl から検索して当たって下さい。
Nozette et al. (1996) Science 274, 1495-1498
The Clementine Bistatic Radar Experiment
Simpson & Tyler (1999) Journal of Geophysical Research 104,
E2,
3845-3862
Reanalysis of Clementine bistatic radar data from the lunar
South pole
ルナープロスペクターは中性子エネルギー分光器を搭載し、月面起源中性子の3バンド(スペクトル?)を取得しました。南北極の一部にH2O氷であってもよい特徴が得られたので、氷が見つかったか?と関係者は色めき立ちました。
Feldman et al. (1998) Science 281, 1496-1500
Fluxes of fast and epithermal newtrons from Lunar Prospector
: Evidence for water ice at the Lunar poles
ミッションの最後に、ルナープロスペクターを極永久影へぶつけて揮発成分を気化させ、そのスペクトルからH2Oを検出しよう、との試みがありました。(投稿者の指している件)結果は、光量が不足して何とも言えない、というものだったと理解しています。検出限界はどれくらいだったのでしょうね?
(Cf.)
月探査ミッションのまとめ
http://www.tsgc.utexas.edu/everything/moon/missions.html
ルナープロスペクターのホームページ
http://lunar.arc.nasa.gov/
クレメンタインのホームページ(3機関)
http://www-phys.llnl.gov/clementine/
http://wwwflag.wr.usgs.gov/USGSFlag/Space/clementine/clementine.html
http://www.nrl.navy.mil/clementine/clementine.html
> 一般の読者がどのような形でディスカッションに参加
> してゆけばよいのか、とまどっていますが、よろしく
> お願いします。
意見や質問を頂くことで、パネラーの皆さんを刺激していただければ、嬉しいです。初めての試みで、聞き手が未知という環境に戸惑ってもいて、読者からの何らかの反応・きっかけが欲しいところです。 |
No.
9 |
2000年11月21日【火】20:35 |
出村裕英(NASDA) |
> 8 へのコメント
> どうも、初めまして(でない人たちもいるが)。
> 航空宇宙関係の仕事をしている者です。
>
> 少しでも話が進めばと、
> 月面の水(氷)の存在確認方法等についてお尋ねします。
ありがとうございます。 さて、
> 【1】
> > どのようにして確認するか、ということに関してですが、
> > 私の知る限り、現段階のすべて議論の基盤は間接証拠です。
>
> ということですが、現在実施されてきた方法を含め、
> 間接証拠により水(氷)の存在を「確定」することは原理的に
> 可能なのでしょうか。
> それとも、やはり「可能性」が高くなるだけで、
> 最終的には直接探査を実施することが「確定」
> のためだけでも必須なのでしょうか。
まず、水(H2O)を「厳密に」同定するというのは、結構大変です。地球上では実にありふれていて、似たような性質を示すものが見あたらないので、以下に挙げる全てをチェックしなくても水と判断されてしまいます。また、H2Oは大抵の溶媒なので、検出試薬というものも、私はすぐには思いつかないです。
近赤外スペクトル(吸収線)を見るのが同定方法として一番確実な線でしょう。質量数が18のものは、まずH2Oだと思って質量分析計で直接測定できれば、それも有力です。
あとは、固体にしてX線回折写真を撮って結晶構造&格子定数を得るとか、相図(固液気体の温度圧力条件図)がH2Oのそれと一致することを示すとか、潜熱(気化熱)・比熱・粘性率・表面張力・比誘電率・屈折率・電気伝導率・双極子モーメント・分極率を測定したり、、、 結局は組み合わせ・消去法となります。
これを踏まえて、月永久影の氷という対象を考えてみます。
永久影ですから、スペクトルを見る光源(太陽光)がありません。(照明弾でも上げれば、別でしょうが) 唯一かつ最強の間接同定手段が使えないので、「何らかの仮定をした間接測定」か、直接「その場(in
situ)測定」するしかなさそうです。
#ルナープロスペクターは、永久影から
#水分子を太陽光のもとに叩き出すことを
#狙ったのですが、検出限界以下だったので、
#無いとも有るとも言えませんでした。
ルナープロスペクターの中性子分光器は、水素の存在を示しているに過ぎません。水かどうかを断定するにはまだ証拠不十分です。
何か、いいアイデア・決定打は、ありませんか?
> 【2】
> 月の水は氷の状態で存在するとのことなのですが、
> 具体的にはどのような具合にあると想定されるのでしょうか。
> 地球の極地域のようにゴロッとしたいわゆる「固まり」の形で
> 存在するものなのでしょうか。それとも氷といえども
> 土塊に混じった状態なのでしょうか。
> 間接根拠で確認する場合、このような存在の仕方の違いの影響は
> 基本的にない(無視し得る)のでしょうか。
> この想定具合によって、直接探査(や将来的な利用)の
> 場合の採取方法については影響が出てくるとは思うのですが。
見つかってもいないわけですから、起源を「想像」するしかなく、それが、「想定環境・状態」のすべて、となります。
月はアポロ回収試料に基づき、岩石学的にH2Oに欠けていることが分かっています。これを極域(全球)まで外挿できるとすると、脱ガス起源というのは考えにくく、彗星物質(外来起源)と考えるのが自然です。
(この辺りは春山氏に振りたいのですが)
氷が塊で落ちているのは考えにくく、表層レゴリスの間隙に疎にへばりついているのだろう、というイメージを私は持っています。
間接根拠の仮定の差違・現実性の方が、より深刻な問題だと思います。
(答えになっているかどうか、自信がありませんが。)
他のパネラーの方々、HELP |
No.
10 |
2000年11月22日【水】01:27 |
川勝康弘(NASDA) |
発言No.8でルナープロスペクターの衝突の話題、発言No.9で月の氷の検出方法・存在形態の話題が出ましたが、ちょっと前に戻って整理したいと思います。
「(基本的には)月にH2O(水)がないわけ」を発言No.7で出村さんに教えていただきました。
- 月の大気圧では「液体のH2O」は存在しえない。
- したがって、H2Oの存在形態は「固体(氷)」か「気体(水蒸気)」になる。
- しかし、昼間(太陽光があたっている状態)の月の温度は絶対温度で380Kにもなる。
この状態では、H2Oは気体(水蒸気)になってしまう。水蒸気になったH2Oは宇宙空間に逃げてしまう。
- よって、基本的には月面にH2Oは存在しない。
ということだと思います。
ところが、ひとつ可能性がある、と出村さんはおっしゃってます。つまり、
- 何らかの理由で月面のある部分に固体のH2O(すなわち、氷)がある。
- その地域には太陽光があたらず、氷が溶ける温度まで温度があがらない。
- そこにある氷は、宇宙空間に逃げ出すことなく残っている。
この仮説が成立するためには、2つ条件がありますね。
(1)月面に太陽光がまったくあたらない地域がある。
(2)その地域に氷がある。
この(1)の地域が、出村さんのいうところの「永久影」すなわち、「永久に影になっている地域」ですね。
出村さん、春山さん、あるいは金森さん、
まず、この「永久影」なんですが、月面上ではどのような条件下で存在しうるんでしょうか。地球でも北極圏とか南極圏では、「白夜」とかがありますね。あれと同じようなメカニズムなんでしょうか。
それから(2)の条件、つまりこの永久影に「氷がある」ということについて。
- 月にもともと(月ができたときから)氷があった可能性はあるのでしょうか。
- それとも外部要因、つまり衝突した物体(彗星など)から氷が運ばれてきたのでしょうか。
- あるいは他の成因もありうるのでしょうか。
これは、出村さん、あるいは春山さんにうかがった方がよいでしょうか。 |
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