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> 月を知ろう > 月に関する研究発表 > シンポジウム「ふたたび月へ」 > 第1回シンポジウム(1994年) > 7.パネルディスカッション「日本は何を目指すか?」
月を知ろう

月に関する研究発表
7.パネルディスカッション「日本は何を目指すか?」
司会:
パネリスト:
宇宙科学研究所
TBS国際ニュースセンター長
宇宙開発事業団理事
漫画家
NHK解説委員
宇宙社会学研究者
宇宙開発事業団宇宙飛行士
的川泰宣
秋山豊寛
石澤禎弘
里中満智子
高柳雄一
津田幸雄
毛利 衛


的川: はい。それでは高柳さん、よろしくお願いいたします。
高柳: まとまった話はできません。的川さんに材料をあげるつもりで話します。
僕の大好きな「ゲド戦記」という作品を書いた、たいへん有名な女性作家が、大人になるタイプはふたつある。ひとつは子供を殺して大人になる。もうひとつは子供のまま生き延びて、つまり大人になっても子供の心がある人。どっちかというと私は子供のまま大人になったタイプで、NHKに入ってからも、幸いなことに理科出身ということを上手く使いまして、皆さんの夢を拾いまくりまして、夢のある番組ばかりを作ってまいりました。しかも自分が学生の頃から多少かんでいた宇宙ものを主としてやってまいりました。
そのおかげでパイオニアの10号とか11号、その前にはもちろんアポロの時期があるんですが、それからボイジャー。NASAがまとめた一連の太陽系の情報を「パノラマ太陽系」というので1週間ぶっ通しで番組を作ったり、いろんなことをしてきましたが、その中で日本と絡んで覚えていることが3つほどありまして。
ひとつはハレー彗星の時です。この時は各国が協力しながらも独自のプランを進めて、見事な成果を挙げたのを覚えています。先ほど伊藤先生にロビーでお会いしましてそのことを思い出したんですが。恐らく科学の面だけ見ても、一国だけで現象等を調べていくのはとても不可能だし、人類にとって共通の財産ですから、国際協力というか共同で物事を進めていくのが大前提になると思いますが、その中で国の独自性、カラーを大切にするのは大事じゃないかとさっき思ったんですが。1987A、ついこないだも1993Jですか、超新星があがった時に宇宙科学研究所が上げていた伝統ある素晴らしいX線天文衛星が見事に活躍しまして、あれはたぶん全波長域、先ほど海部先生の話がありましたけれど、では恐らく日本はそれほど高いレベルにはなく、ある領域だけ、野辺山もそうですが、非常に特徴あるやり方で見事に後発で遅れながらやっていった、独自性のあるプランニングがあったからだと思いました。
たまたまシューメーカー・レビーがぶつかった時にゴダード・スペースセンターにおりまして、この時はプロの方が予想が外れるとマズいものですから「たいしたことはない」と言いまくっていたせいもあって、私もたいして期待をせずに行ったんですが、前の年にハッブルが直っていたということもあって、素晴らしい映像が撮れて、ESAとNASAの人たちが見事にPRをして、しかもシューメーカーさんは小天体を探す委員会までできてそこの委員長になる。見事に宇宙でいろんな出来事があるのをとらえて、科学者が自分たちの知りたいやりたい好奇心を巧みに宇宙の出来事と結び付けながら物事を進めていくやり方というのは、アメリカってまだやはり凄いなと思ったんです。
その時にNASAの広報の人たちで世界中の情報を流しているんですね。例えばパラアルトでどこで何時頃映像が撮れたとか、それからあの時は南極天文台が南極の、白夜の逆ですね、1日中夜という利点を生かして素晴らしいデータを取っているんですが、そういう風に宇宙で科学者が興味を持っている現象がいつ起こるかわからない時に、見事にあちこちに布石してある。アメリカの凄さっていうのは、そういうヨーロッパの人と絡みながらあちこちに置いてあって、日本の情報が出るか出ないか、私そこで期待していたんですが、ハレー彗星や超新星の時と違ってシューメーカー・レビーの時は出なくてちょっと残念だったんですが、そういう面からもぜひ宇宙開発、科学探査はある部分は相乗りでやっていかざるを得ないと思うんですが、バスに相乗りする時も自分はどこで降りるか、どこで乗り換えるかという意識をしっかり持っていないとバスに乗った意味がないと思いますので、ある種独自性をきちっと守って、そのためにはかなり長期の計画を立てながら、宇宙開発、科学計画を進めていただけたらと思っています。
もうひとつ、この会合に呼ばれた時に、先ほどそう、海部先生のスライドの中に物凄く迫力のある絵が1枚あったんですよ。これはきっとロン・ミラーだと思って、ロン・ミラーと縦に入っていましたが、昔からNASAの人たちが出すプレスリリースにアーティストが描く素晴らしい絵がついてくるんですよ。今年の夏に、ボンステルという有名なアーティストがいまして、彼が1950年代、49年とか53年に宇宙ステーションとか月面のステーションとか、物凄くリアルな絵をいっぱい描いているんです。フォン・ブラウンが「ライフ」とかいろんな雑誌に、1960年代の宇宙開発がパァっと行く前に実に、一般の社会に、宇宙というのは夢があって、お金さえかければ既存の技術と頭脳でここまでやれるんだという、画家とサイエンティストが共同でいろんなことをやっているんですね。やはり片方で、こういうプロジェクトは非常に大きいですから、社会の人たちに自分たちの持っているワクワクするような楽しさ、素晴らしさをぜひ広めていただきたいと思います。
これで最後にしますが、実は夏休みにETを調べている、ここにいらっしゃる方は「セチ(SETI)」という言葉をご存知かと思いますが、「セチ」のプロジェクトを取材しまして、その時にアメリカの建国というかコロンブスが上陸して500年でスタートした「セチ」の計画は1年で、マーズオブザーバーが火星人に撃ち落とされて亡くなったせいかカットされまして、その人たちがマウンテンビューの別のセクションに移っていま細々と活動しているんですが、ナショナル・サイエンス・ファウンデーションからお金をもらいまして、子供たちに、人間というのは宇宙の中でどういう生き物なのかという見事なカリキュラムを作って教育をやっているんです。スライドを使ったり絵を使ったり。中心になってやっているジルタータさんという方にお話をうかがってきたんですが、宇宙というのはどういう世界でどうやって生まれてきた、その中で地球はどうやってできてきて、生命はどうやってできてきて、君たちはどういうものなのかということを子供たちに考えさせるんです。逆に同じ条件がもし、あるいはちょっと違った条件が働いたら、どういう生き物があそこの星にいるか、自由に考えさせて絵を描かせるんですね。のびのびとやっているんです。これは先ほどのボンステルの絵と違った意味で、ある種、「セチ」の人たちは予算をカットされて細々と基金で片方で仕事をしながら片方でこういう子供たちの教育に物凄く情熱を傾けているのは素晴らしいことだなぁと。ぜひこういうプランを、先ほど立花先生の話にもありましたが、子供たち、次に来る若い人たちに、夢をつぶさないで大人になれるような環境を作ってあげられるように、いまの私たちも頑張ってやらなければならないと思っています。以上です。
的川: ハレーの探査の時に我々といっしょに行動していただいたのは、フロリダの時でしたか。
高柳: ISGの時についていったんですね。
的川: ハレー探査のプロデューサーとして密着取材をしていただいて、NHKでたいへん立派なニュースを流していただきました。宇宙科学そのものの歴史とまったく同じように、独自性と国際協力の問題を強調していただいたと思います。
では津田さん、よろしくお願いします。
津田: 先ほど宇宙科学者の方から月の謎について10個ほど列挙されましたが、個人的な考えを申し上げますと、月の公転周期と自転周期が同一であるという事実が非常に不思議でならないわけです。常に太古から月は片方だけを地球に見せてきた。大宇宙にこれほど深い謎をたたえているのはちょっと少ないんじゃないかと個人的な関心を持っておりまして。どうしてこんな偶然の一致が、公転と自転の周期が同じになるのが可能になるのかという思い入れがありまして、しかも生命が誕生した惑星のすぐ隣で、こういう大奇跡が起こったのが不思議で、あとで先生方にお聞きしたいと思うんですが、このように月はもっとも身近な天体でありながら、もっとも謎に満ちた星のひとつであるということが私どもに夢を抱かせるんじゃないかと思っています。
それから一方、現代社会に目を転じますと、現在は月的な社会といいますか、月っぽい人が増えているとかいう表現をしますけれど、非常に月に関心を寄せる人が多くなっていると思います。社会学的、あるいは人類学的、文化学的に月と人間との関わりを考える環境が整ってきているのではないかと考えられます。例えばプロ野球で言いますと、野茂投手の「野球満月伝説」がありますし、カメラマンの石川賢治さんが「月光浴」という写真集を出しましたが、あれはいままで太陽で露出を決めていた原理を月の光の露出によって映す、つまり太陽原理から月の原理に変えることによって、いままで目に見えなかった非常に繊細な陰影が目に見えてくるというひとつの挑戦だったと思うんです。あるいはマイケル・ジャクソンがムーンウォーカーという「スリラー」で大ヒットさせた踊りがありますが、あれもアメリカのアポロ文化に対する非常に優れたアレンジメントでありまして、あのムーンウォーカーによってどこかの国の宇宙開発予算くらい彼は稼いだわけです。それくらい大きなインパクトを持っている。
ことほどさように、太陽という父系原理から月という母系原理に、いま現代社会は目を移しつつあるんだといわれていますが、私は個人的に月の公転周期と自転周期が同一であるという大奇跡が私どもの住む惑星のすぐ近くで起こったことと考え合わせて大きな感動を持っているわけです。
本題に入りますが、宇宙長期ヴィジョンの発表に対してマスメディアの力の入った報道が目立ちました。高柳さんのNHKではCGをたいへん上手くお使いになって、予想される月面探査の様子を伝えたことが非常に印象深かった。新聞の論調を見ますと、もっと積極的なシナリオを期待したらしく「独創的な魅力、打ち出せず」と不満を述べるものが多かったように見受けられました。長期ヴィジョンは月面無人探査等を目標としたため、もっと夢のある火星や冥王星を目指すべきではなかったかと。これがある有力紙の社説に載っておりました、魅力がないということの理由であるわけです。しかし私は月でよいと考えます。新聞が主張するように、人間にとって夢は非常に大切なもののひとつですが、私は月に限りない夢を感じ取って欲しいと思うからです。その意味で日本が月を選んだのは非常に素晴らしい判断、最善の判断ではなかったかと個人的には思っています。もちろん私は過激な有人派なもんですから、月の次には火星、火星の次には他の太陽系あるいは銀河系へと、宇宙へ生命の道が続くように人間というのは生命の本質の中に、ホモ・モビリタスとしての宿命のようなものがインプットされているのではないかと思っている人間ですので、月以外に人間の活動領域を広めていくのは、私の共感するところであるんですが、この時点で30年という時限を区切って、長期ヴィジョンが政府のプロジェクトとして始動するには、私は火星や冥王星ではなく、月を選んだことが素晴らしい判断ではなかったかと思うわけです。その理由を話しますとちょっと長くなりますので、またあとで機会がありましたら話そうかと思いますが、ただその内容、月面構想には、万歳二唱といいますか、ちょっと不満が残りました。月を選んだのは最善の判断でしたが、内容には異議がありました。
その第一はテクノロジーだけでソシオロジーがない。月惑星協会の岩田さんが非常にご苦労なさって作られた企画書も含めて言うんですが、テクノロジーの羅列だけでソシオロジーがない、つまり人間の顔がまったく見えていない。端的に言いますと、ほとんど無人で、無節操なほど無人が散りばめられていて最後の方にちょっと有人が見えるだけで、それに至った理由、理念、ヴィジョンがまったく見えていない。つまり月へのヴィジョンがないということで、テクノロジーだけでソシオロジーがないということと、無人に偏っているというふたつの理由によって、私は月面構想に異論を挟ませていただきたい。
無人というのは一見、理性的で合理的に見えるんですが、やはり何かが足りないんですね。人が宇宙へ行くんだ、人が月で暮らすんだ、人が宇宙社会圏を作るんだというヴィジョンがなぜ持てないんだろうという思いがありまして、世界を何事もテクノロジーに還元してみようとする悪い癖が出ているんではないだろうか。テクノロジーとソシオロジーの両翼が揃ってこそ、人間も宇宙開発も自然で正常な状態ではないだろうかと思います。このことは立花先生が縷々お話されましたので、重複を避けるために私は言いませんが、立花さんは手に汗を握るといいましたが、やはり人間の心が汗をにじませるというか、人間が行くからこそ達し得る夢の実現を大事にしたい。そしてまた一般市民、国民はもっと深いストーリーを求めているんじゃないかと思うんです。だから月へ行こうという大部の企画書を読んでも、深いストーリーが伝わってこない。イメージ喚起力がない。立花先生はインパクトという言葉をお使いになりましたが、僕はイメージ喚起力と言うんですが、宇宙の専門家でない我々市民がふつふつと胸にイメージが湧いてくる喚起力が感じられない。そういう夢を実現するためにこそ、そういった有人ですとか、テクノロジーに対してソシオロジーですとか、人間との関り、人間の顔が見える宇宙開発を築き上げていかなければ、せっかくの月面構想も魂が入らないのではないかと正直なところ思いました。

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