3.月面基地建設のシナリオ(3)
航空宇宙技術研究所 大坪孔治
航技研の大坪と申します。私は話の続きといたしまして、月面基地の上に作られる有人基地としてどのような機能を持つかということを簡単に概略だけご紹介したいと思います。
先ほどご紹介ありましたように、基本的には有人基地のモジュール構成は、このような形になっておりまして、居住モジュールが2つと、食料生産モジュールが2つと、それからそれらをつなぐロジスティックノードモジュールがございまして、これが拡張できるような形で基本的には考えております。2つ作ったのは実は緊急時でどれかが故障した場合には、必ず1つの方で6名の人間が生活していけるという機能を維持するということと同時に、生命維持に関する機能をすべて1つのモジュールで賄えるような、そういう形で考えております。
これは報告書の中のものですが、居住モジュールのひとつの概念としてはこういう形で、これが地中に埋められるというような形で進められます。
居住モジュールの使用でございますが、だいたいこれは基本的には6人いてモジュール1つにつき3人ずつ生活するというような形で考えています。交替要員は先ほど岩田さんの方からご紹介ありましたように、だいたい半年交替で半数ずつ交替していくということで、研究あるいは仕事が継続されるようなことを考えるとして、だいたい常時6人が滞在するということになっております。
これは簡単に1つの居住モジュールの中に、我々の生活空間がどれくらいあるかというのを計算したものですが、一応個室として約15‰ぐらい、面積に直しますと使用できる面積はだいたい6uぐらいにしかなりません。しかしいずれにしろ、このイ、ロ、ハ、ニというだいたい生活に必要な空間を計算しますと、居住空間としましてはアクセス可能な空間率を50%として計算いたしますと約94‰ぐらいになります。高さを計算しまして平面積に直しますと、だいたい37u、ひとり6畳強くらいの居住空間が割り当てられるような感じになります。非常に狭くてですね、初めの段階はしばらくは6畳1間からスタートしていただいて、だんだんとLDKがくっついてくるような形で発展していけば、少しは長期滞在もまぎれるのではないかと思っております。
次にロジステッィクモジュールですけれども、この付近は基本的には保管庫として利用するとか、ユーティリティ関係、そういうものを基本的に置くようなことで考えております。それと同時にここは全体の「つなぎ」のモジュールにもなっておりまして、緊急時の場合はここをうまく活用するということを考えております。ここにはリークした場合の補充用とか、月には窒素がない可能性が高いので、窒素につきましては分圧を制御する意味からいっても、多少持っていかなくてはいけないということで貯蔵部を置いております。その他、補給水タンクというのがございますが、水がきちんと月から採れるようになるまでは不足する水についてはどうしても補給する必要がございますので、一応スペアとして水も用意するようなことを考えています。
これは食料生産モジュールの概念図ですが、ここでは基本的に食料を植物で得るということを考えております。この植物を育てるところ以外に、例えば物質をリサイクルして、なるべく持っていったものを大いに活用したいということを考えております。そうしませんと運用段階になりましてから非常に物質の輸送コストが高くなりますので、そういう意味では炭酸ガスを回収して、それをさらに分解して酸素を回収するとか、このへんの設備が酸素が十分に採れるようになるまでは必要と考えております。その他に廃棄物も再生処理しまして、これもまた再度使うというような形で、できるだけ月面に一度運んだ物質を使って、リサイクルしながら自給自足の生活を行いまして、できるだけ運用コストを下げていくようなことを、いま検討しております。
先ほどのは横の図で、これは断面図ですが、植物の栽培床は立体的に使うことが可能と思われます。したがって思ったほど面積が必要ではなくなって、基本的に人間3人の生活を支えるのに、2つのモジュールがあればかなりのことができると考えております。実は植物を育てる所は両方にアクセスして植物の収穫とか、あるいは植付けとか、そういうことをやらなくちゃいけませんので、たぶん通路としては人間が真ん中を通ることになるのではないか。それから生命維持に必要な物質のリサイクル関連の必要な諸設備は、どちらかと言えば片側にまとめておいて人間が片側からアクセスするというような形で1つのモジュールの中にこのへんを上手く組み込んでいくというようなことが検討されております。
先ほどちょっと申し上げましたが、運用コストを引き下げるためにはできるだけ物質をリサイクルして、基本的には自給自足の生活をするというようなことを考えておりますが、居住モジュールと食料生産モジュールとの間では、こういう物質がお互いに行ったり来たりしております。ここにはちょっと繁雑になるので書きませんでしたが、真ん中のところに、そういう物理科学的な処理系が入りまして、全体を生態といいますか生物系のシステムと、それから物理科学的なシステムを上手くコンバインしながら全体的に物質のバランスを取って生活をしていけるような生命維持技術を考えていきたいと思っております。横に破線で書いておりますが、ゆくゆくはO2(酸素)が回収されるとか、例えば月面から水が回収できるとか、そういうプラントが基本的に動き出しますと、物質の補給というのは非常に楽になりますので、ほとんど地球からの物資の輸送なしで上で生活していけるというような形が取れるのではないかと考えております。
これは物質を循環する時にだいたいどれぐらい使うかというものを計算、検討した値ですが、普通宇宙ステーションあるいはスペースシャトル等でアメリカの方から出ているデータによりますと、例えば洗濯とかシャワーに、だいたい30kg以下の水しか使えないという話を聞いております。しかしそれでは、さすがに半年以上も滞在するということになりますと、人員に関しても非常に不満が出るのではないかということで、一応100kg、100リッターぐらいは使えるような方法を考えておりまして、これはリサイクルするために少々使っても別に本質的に問題ないという形で考えておりますが、それ以外に環境制御の範囲は基本的に地球上で生活する快適な環境にほぼ等しいような環境を作ることを考えております。
このシステムを開発していく方法ですが、基本的に要素技術について地球上と、あるいは月表面を考えますと6分の1Gになりますので、そういう環境を作ってそこで機器類が動くとか、動きがどうなるかとか、そういう関係の基本的な実証実験をいくつかやっていくことが必要ではないかと思っています。その段階が片付きますと、次にサブシステムを開発しまして、これはいくつかの要素を結合して、例えば空気循環系とか、あるいは水の循環系とか、そういうサブシステムの段階のものを作り上げていく。それらがだいたい機能的に問題がないということがわかれば、さらにそれを全部つなぎましてその中に例えば人間が入って生活していくことが可能か、そういう統合システムを開発していくことになります。そこで得られた技術が基本的に問題がないということがわかれば、パイロットプラントを作ってそれを月面に送って、一応月面の環境で無人で、例えば食料の生産その他をやって、基本的に問題がないかどうかを実証していく。それで問題がない、あるいは問題があって改良されるという過程を経まして、最終的には本機を開発して、月面にそれを送り込む。そういうステップでたぶん開発が進むと考えております。
パイロットプラントの基本的な機能は食料生産設備ということになりますが、これには構成要素としてそこに書かれているものがすべて組み込まれることになります。重量的には2トン以下ぐらいで、1回の輸送でこれが向こうに設置されて稼動し始める。しばらく栽培しまして、できれば栽培した植物を地球にサンプル・リターンして栄養素の問題その他をすべて分析してやりたいんですが、それがダメな場合は向こうからデータを転送してそれを地上で解析して、こういうシステムの稼動性あるいは機能の性格というものを検証していくという段階かと思っております。
次にいくつか技術開発課題がまだたくさんございますが、先ほど申し上げましたのはどちらかというと下の方の話、7番以下の話ですが、それ以外にも、やはり月面で長い間、人間が生活していくという風になりますと、どうしても安全性の問題、異常時にどのように対応していくかという問題、かなり長期間住むことになり、多くの人間がだんだん住むようになりますと居住性の問題、というような問題が出てきます。その他、宇宙へ行く時のいちばんの問題は宇宙線にどのように対応していくかという問題。もうひとつは月面で活動しますが、宇宙空間といっても月面はホコリがあったりしますので、そこに上手く適応できるような月面での活動、宇宙服が必要であると。このようなものがすべて、研究課題・技術開発課題として今後やっていかなくてはならないのではないかと思っています。
現在このような研究が地上でどのように行われているかというもののひとつで、皆様ご存知かと思いますが、これはアメリカのアリゾナの砂漠の一帯を使いまして研究されているバイオスフェア2という設備がございます。これは熱帯地方の環境を人工的に模擬しまして、そういうのを大きなクローズされたドームの中に全部入れまして、この中で人間が生物系といっしょにどのように生活して、ちゃんと物質のバランスを取りながらやっていけるかという実験を、2年ほど前から2年間にわたって、人間が8人入った実験がアメリカで行われております。これは非常に大きなもので、右端が熱帯雨林、それから順番にサバンナ、あるいは乾燥地帯、それから砂漠という格好になっていますが、この中で水も循環しますし、できるだけ食料も現地生産ということでやっておりますが、基本的には全部生物系でバランスを取るという方向でいっておりまして、2年間の実験結果で得られたことは、酸素と炭酸ガスの使用物質のバランスが崩れてきて、実験の最後の方ではどうしても酸素を外部から供給しなくてはならないという結果が得られております。これは4000坪ぐらいにあたります非常に大きな設備で、中に入れている生物が約4000種類ぐらいございます。それでもなかなかバランスが取れないという状況ですので、基本的にはやはり物理化学的な処理系を組み込んで、全体をバランスしていく方法を考えなきてはいけないと思われます。
これはそのバイオスフェア2ですが、向こうの方にピラミッドのようにそびえているのが全体がガラス張りのモジュールになります。
これは日本で実は計画されているひとつの物質の循環系を組み込みました生態系で生命維持技術の研究をやろうという設備の一環です。真ん中に植物の栽培層がありまして、だいたい人間ひとり、あるいは動物数匹を完全にクローズしたシステムの中で、外部との物質のやりとりなしにやっていくという実験設備です。これは、それを支えるために周りにいくつか実験装置がございますが、水のリサイクルやガスのリサイクル技術に関する研究が、現在既に国内でもいくつかの所で進められています。
数年前に青森県に環境科学技術研究所というところが設立されまして、そこでこういう閉鎖系の研究ができる実験設備を作るという計画が進んでおります。下の方に植物のドームが見えますが、その向こう側にもうひとつ植物のドームがご覧になれると思いますが、このへんに先ほど申し上げた物理化学的な処理系を組み込みまして、人間ひとりが完全にクローズされた状態の中で生活ていくことができるような、そういう実験ができるような設備が、聞いているところでは今年から建設にかかるということで現在計画が進んでおります。
この他では世界的にはロシアあるいはESAで、こういう関連の研究が同じく進んでおりまして、これらの研究が最終的に、幸か不幸か30年ほどの時間が、この有人システムをやるためにはあるという話なので、かなり地道に一歩ずつ、技術の飛躍というのはそうございませんので、検討しながら全体のシステムを組み上げていって、最終的には月面で有人基地を作るという方向に上手く流れていけることを考えられればいいんではないかと思っております。
これらの技術は地上で実証したら、軌道上で例えば人工重力発生装置等を使いまして実際に検証してみるというステップが必要になりますので、時間的にはかなり長いスパンが必要になるんじゃないかと思っています。ただ、このような方法ですが、月面は幸いにも小さくても6分の1Gという重力がございますので、我々が地上で開発した装置のいくつかは、それほど大きな改良をすることもなしに、場合によっては月面で使えるのではないかということを考えております。したがってそういう意味では月面での有人活動というのは、かなり難しいというよりは、むしろそんなに難しくなく、ひょっとしたらできるのかも知れない、ということを、こういう検討を進めながら考えている次第です。非常に簡単ですが、以上で概要を終わらせていただきます。
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