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月を知ろう

月に関する研究発表
3.月面基地建設のシナリオ(2)
宇宙開発事業団 岩田 勉

岩田でございます。「月面基地建設のシナリオ」について、要約いたしましてご報告いたしたいと思います。

月面基地の無人建設、すなわち人間が活動するための月面基地をロボットを使って無人で建設しようという構想でございます。来年の1995年からのマスタープランでございますが、2024年まで30年間、これを3つのフェイズに分けます。フェイズの1が無人の探査段階、フェイズ2が無人システムの建設と運用の段階、フェイズ3が有人システムを無人で建設する段階、となります。2024年の時点から人間が月面で長期滞在を始めることができます。ここからをフェイズ4、有人システム運用の段階としております。

それぞれのフェイズを単独で実行いたしましても、これは十分意義がある、価値があるプロジェクトであるという風に構成を工夫してございます。途中で進路を再検討しながら、柔軟に進めることができるという柔軟性を持たせたシナリオになっています。

フェイズ1の無人探査段階を表している月面の絵でございまして、この下半分が月の地面でございます。月の空に浮かんでおりますのが月周回観測衛星、科学探査、どこに月面基地を作ったらよいか、その前に地上の探査をどこを中心にしたらいいかというリモートセンシングを行います。次に着陸機といちばん手前に書いてございますのが月面移動探査機、ローバーというロボットですが、これで地面を歩き回りまして、観測・実験をいたします。これら、ここに絵に描いております宇宙機を全部打ち上げるのに、H-IIロケットで5回分の打上げになります。このフェイズ単独の目的といたしまして探査と技術開発というものが挙げられると思います。月周回衛星でございますが、月面上100kmの高度からリモートセンシング、科学探査・資源探査を行います。これは現在の技術そのもので作れる衛星でございますから、これから2、3年以内に開発を開始するとすれば、今世紀中に打ち上げられるというスケジュールにしてあります。次に打ち上げるのは、この月面移動探査機です。人間の探検家の代わりに月面を探検して歩き回ります。地面を這ってカメラ、虫メガネとか顕微鏡あるいはマス・スペクトロメータ、成分の分析装置等で月の表面を観察いたしまして、さらにシャベル、レーザー加熱機、そういうアクティブセンサーを使いまして、月面物質の測定と実験をいたします。無人のロボット技術と遠隔操作技術を月面で実証するという技術実証も、このミッションの大きな目的となります。これは、その月面移動探査機を上に積んだランダー、着陸機でございまして逆噴射してゆっくりと月面に軟着陸しようとしているところでございます。

これが月面移動探査機の地上実験モデルでございまして、今年の春からですが、筑波宇宙センターで動かせるようになりましたので、その走行実験をしております。地球からの遠隔操作によりまして、このような無人の機械を操って、複雑で精密な作業というものを実施することが、月面開発・月面探査の技術のキーポイントとなるわけですが、その第一歩といたしまして、この移動探査機を開発して月面に送り込む、そこで運用する、ということの実績を積むのが大事であると考えております。

フェイズ2でありますが、無人システムの建設と運用の段階と呼んでいます。2006年から2016年の11年間、地球から月面上のロボットを遠隔操作いたしまして、無人システムの建設と運用を行います。このフェイズではH-IIロケットを 2.5倍に発展させた規模のロケットを12機使いまして、軽作業ロボット、重作業ロボットという2種類のロボットを送り込みまして、それから次々にエネルギー供給プラント、酸素の製造プラント、水の製造プラント、通信システム、エネルギー供給プラント等を設置いたします。このフェイズではミッションといたしましては、例えば月面天文台、無人の月面天文台の観測実験も行われます。このフェイズを無人システムの建設と呼びましたのは、無人の月面活動を支えるようなシステムを作るという意味でございます。

フェイズ3でございますが、有人システムの建設と呼んでおりまして2017年から2023年までの最後のフェイズでございます。この時期には既に無人システムが月面にできておりまして、月面で使うロボット技術・遠隔操作技術も実証されているはずですので、ここからいよいよ大規模な有人活動用の施設を建設するという段階でございます。前のフェイズで使いましたロケットを、さらに 1.6倍に発展させたものを使います。つまり低地球軌道に40トンのペイロード、貨物を打ち上げる能力を持ったロケットを72機使いまして総計で360トンの貨物を月面に軟着陸させます。月面上には居住モジュールと食料生産モジュールを組み合わせた、この形が居住モジュール2つ、食料生産モジュール、モジュールをつなぐノード、製造実験モジュールというようなものでできた、いわゆる空気の入った与圧のコンプレックスが作られますが、これを月面基地本体といたしまして、周りにエネルギー供給プラント、通信システム、そういうようなものを並べた月面基地の組立でございます。電力の発生能力は日照時で940kw、太陽電池を使います。夜間、太陽が照っておりませんが、これは蓄積したエネルギーを燃料電池等で賄いますと夜間で300kwを供給できるという計算をしております。この月面基地はもちろん有人用なんですが、完成までは人間なしで建設されます。完成した暁には常時で6人、一時的に交替の時期には9人の人間が滞在いたしまして、ここで研究・観測・実験・あるいは生産活動ができる施設となっております。この第3フェイズの、単独での目的・意義というものは月面有人活動の無人実証ということでございます。

2024年になりましてフェイズ4、有人システムの運用段階でございます。人間の居住する部分には放射線を遮蔽、防ぐために土が被せられております。この中で6人の人間が生活しております。半年で3人が交替いたしまして、1人の人間は1年間、月に滞在いたします。この最後の運用フェイズの目的は人間の月面常時滞在ということになります。

次はポスターに使いました絵でございますが、月面基地はフェイズ4の最初の段階、2024年の初めの段階から変わらないというのではなくて、月面の資源を使って徐々に拡大・発展をいたしますから、21世紀の中頃ということになりますと、この絵のように大規模な、この絵は約30人から90人の人間が滞在し生産活動する月面基地というイメージですが、このようなものになるのではないかと想像されます。

このフェイズ1から3、2023年までの30年間で24種類の宇宙機が開発されます。フェイズ1では5種類。月周回観測機、月着陸機のA、月着陸基地、月面移動探査機、月ライフサイエンス実験機。第2フェイズ、無人システム建設・運用段階では、13種類ですが、月着陸機B、月周回通信衛星、軽作業ロボット、重作業ロボット、月輸送機、月着陸機C、モジュール内ロボット、通信システム、エネルギー供給プラント、食料生産モジュール、酸素回収プラント、ガス回収プラント、金属回収プラント。最後の第3フェイズ、有人システム建設では6種類の宇宙機が開発されまして、月離着陸機、有人用でございます、有人の月面輸送車、有人キャビン、居住モジュールノード、居住モジュール、製造実験プラントでございます。これらのうちのいちばん大きいものは居住モジュール、それからプラント類でございますが、これらの開発規模はH-IIロケット、大きさもその程度ですね、H-IIロケット程度かそれより小さい、それ以下の開発規模になりまして、それ以外の宇宙機はそれほど大きくなく、現在開発しております人工衛星程度、大型の人工衛星あるいは中型の人工衛星程度の開発規模のものです。

この絵は地球から月までの輸送の方法を示しておりまして、フェイズ1の絵ですが、これが地球の地面で、H-IIロケット、これは第1フェイズですから、普通にいつものように打ち上げ、第2段再着火で月への遷移軌道に投入いたしまして、切り離された着陸機のエンジンで月周回軌道、月の周りを回ります。それから同じエンジンを逆噴射いたしまして、静かに降りてくる。これで、有効ペイロードは450kgです。

フェイズの2、無人システムの建設・運用の段階ですが、輸送システムとしてはアーキテクチャ、輸送システムの組立は前のフェイズと同じでして、ただH-IIロケットを2.5倍にする。あとは同じ方法で降ろしまして、ですから月面上で使える2トンの貨物が無人で運べるという輸送システムでございます。

フェイズの3では大きなものを運びますから、ロケット自体を1.6倍に大きくいたしまして、これを4機次々と打ち上げて軌道上で4機分組み立てる。つまり低地球軌道で160トンの組立になりますが、これにさらに低地球軌道で待機しておりました、これは月輸送機と呼んでおりますが、再使用できる輸送機とドッキングいたしまして月に向かう。月では着陸機だけ切り離しまして着陸機のエンジンで軟着陸する。この輸送機自体は月と地球を往復して何度でも使うという形です。月に着陸できる貨物は一度に20トンでございます。

これは有人運用フェイズ、フェイズ4でございます。先ほどのフェイズとまったく同じ輸送システムを使いますが、ただ人間を運びますので、貨物の代わりに、有人キャビン、人間が中で生活できる小さな部屋をそれごと丸ごと運びまして地上から有人キャビンを打ち上げまして輸送機に乗り換えて月まで行き、今度は月離着陸機と乗り換えまして地面に降りる。これで3人の人間が月に到達しますが、そこで交替して、いままで月で1年間働いた人が有人キャビンに乗り込みまして、月離着陸機はまた月周回軌道に帰る。これも再使用です。月離着陸機からその有人キャビン分だけ輸送機に乗り換えまして地球に戻ってくる。地球の軌道上では人間は有人往還機に乗り換えまして無事に地球に帰ってくるというような図式になっております。

輸送系も大事ですが、これから技術開発の相当な力を必要とする機械は、この月面ロボットでございます。この図は軽作業ロボットと呼ばれる細かい精密作業をするロボットを示しております。地球からの遠隔操作で動かします。遠隔操作と申しましても、その周辺を支える技術は通信制御・情報処理等先端技術のかたまりになりまして、このような全体の技術としてどこまで月面で無人の能力が発揮できるかというのが、このシナリオ全体の技術的な鍵になっております。またこのような技術は地上でのロボット、情報処理あるいは自動機械の発展の基礎技術を開発することにもなると考えられます。バーチャル・リアリティ等によって一般の人が地球上のオペレーションセンターから月面活動に参加できるという可能性も考えられます。

これは酸素製造プラントでございまして、月の上で月の泥から、190トンの泥・土から1トンの液体酸素を作り出します。これは全自動ですが地球から遠隔操作も可能というような概念設計になっております。

最後に、コスト検討をいたしましたが、フェイズ1からフェイズ3までの総コストは現在の貨幣価格・日本円で2兆9064億円となりました。30年間で平均いたしますと年間約1000億円になります。このコストの推定のベースは、世界共通のコストモデルをベースといたしまして、これは日本の宇宙機器メーカーの実績に合わせて調整したモデルを作って使っております。フェイズ1の無人探査のコストが1464億円、フェイズの2、無人システムの建設と運用では1兆7295億円、フェイズの3の有人システムの建設、1兆305億円が必要というような推算が出ました。フェイズの4は毎年繰り返しですので総計に入れておりませんが、これを概算いたしますと人員の交替時期によって変わります。人員の交替時期を1年といたしますと年間コストが約1500億円でございます。

このコスト総計では月面基地に直接必要なコストだけを総計しておりまして、いわゆる共通経費、例えば射場の維持費ですとかH-IIロケットあるいはその派生型を開発するといたしましてその地上試験の開発費ですとか地上の追跡局の開発費あるいは運用費、そういうものは含んでおりません。こういうような、いわゆるインフラストラクチュア開発費・運用費というのは年間数百億円使われておりますが、この規模で投資が行われれば、この月面基地も賄えるものと推測されます。

グラフに書いてみますと、これが500億円、1000億円、1500億円の線でございまして、平均は年間1000億円ですがピークが1500億円、2016年。これより多くならないよう多少は調整いたしましたが、これは日本が全額出資するといたしますとGDPの0.02%ぐらい、現在の宇宙開発費の半分ぐらいとなります。アポロ計画当時、アメリカ政府の出資は、その当時のアメリカのGDPの1%弱でございましたから、この比率で申しますとこの月面基地構想は日本単独で実行する場合国家経済への影響はアポロ計画の100分の2、2%くらいということになります。国際協力を考える方が自然でございますが、その場合、相当大きな資金分担で参加したいという国がいくつか出てきた場合、日本の分担をその分減らすか、それともその資金が増えた分だけスケジュールを早めるかという問題がございまして、この日本単独という計算で2023年に初めて有人活動ができるというスケジュールは、世界の常識と申しますか世界の宇宙コミュニティの人が言っている話と比べますと極端にスローテンポで、30年もかけるのは非常にノロい計画でございますので、そのへんを考えますと資金が増えた分だけ早めに投入してスケジュールを早めるべきではないか、というのが月惑星協会での議論でございました。

以上で全体シナリオの報告を終わりまして、次に大坪さんに、有人システム・食料生産について報告いただきます。


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