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月を知ろう

月に関する研究発表
4.月の科学ラウンドテーブル
司会: 国立天文台 唐牛 宏
出席: 東京大学 佐々木晶
茨城大学 坪井昌人
地質調査所 富樫茂子
宇宙科学研究所 藤原 顕


唐牛: どうもありがとうございました。富樫さんの番ですけれども、いまの地形よりもっと小さい岩石とか鉱物ということから月の全体像を探るというか進化や歴史にいたるというのは、どういう研究手法なのか、私の疑問はそこなんですけれど、お願いします。
 
富樫: いくつかOHPを用意してきましたので、それから喋ります。
夜の空を眺めていた時に、私たちが宇宙の一部であるという感慨にふけることがあるんですが、実際に私たちの、人間の身体を作っている元素、例えば炭素とか水素といった軽い元素はもちろんのこと、もっと重い鉄やコバルトのような元素は太陽系ができる前に合成されていたことがわかっています。そういった元素がいろいろな過程を経て太陽系を作り、そしてその一部として地球なり月があるわけです。私たちは元素とか物質……、岩石、鉱物、元素、同位体と書きましたが、手に持てるスケールから目に見えないスケールまで、物質から見た月とはどういうものかということに非常に興味を持っています。
月と地球には、たいへん似ている点と異なる点があります。月の起源と進化の解明は、月との比較によって太陽系の中の、この絵を見ている人間がいて、地球があって月があって星があるわけですけれど、その太陽系の生成の過程の中で、どういうふうに惑星ができてきたかということの解明の一歩になるのが月の研究だと思っています。
これは月がどのような構造を持ち、それぞれの部分がどのような物質でできているか。上のほうに玄武岩と書いてありますが、肉眼で見た玄武岩と顕微鏡で見た鉱物がいろんな偏光で色が付いて見えていますが、鉱物単位、それから目に見えない元素の単位まで使ってどういう物質でできているかということですが、大きくわけまして、まず月の海を構成しているような玄武岩、それから月の地殻を構成していると考えられるノーライトとか斜長岩というものが、これまでの月の石の研究でわかっています。それよりも下に、かなりの部分はマントルがあるわけですが、これについては月のマントルの物質は私たちは手にしていないわけです。いったいこれが、月の大部分を占めるマントルとはどういうものであるのかということが、月の全体の組成を決める重要なことであります。さらに最初に藤原先生の話に出ました、下のほうに書いてありますが、中心核があるのかないのか、あるとしたらどんな組成のものであるのかということが、月の場合の物質と構造との関係で重要になってくると思います。
これまでのうちで、いちばん表層の玄武岩、特に海の玄武岩についてはかなりたくさんのサンプルリターンがありましたので、月についてはかなりわかっているわけですが、それより特に月の裏側の大部分を占める高地、高いところについてはまだわからないことがたくさんあります。しかも高地の地殻は非常に多様性があることがわかっているんですが、そのことについてまだ多様性のごく一部しか私たちは見ていない。地殻の構成物質がどういう岩石でどういう鉱物でできているかを私たちはぜひ知りたいと思っています。
次にマントル、これはまだ手に入れられていないわけですが、どうやって調べるかにはいくつか方法があります。1つは地球でやられている方法なんですが、何かの手段で深いところから飛び出してきたマントル物質を調べるという方法があります。1つ月の場合の可能性としては深いクレーターで掘り起こされたところに出てくる可能性がありますが、これを探す可能性というのは、ぜひやりたいことなんですが、できるかどうかは一か八かというところがあります。これよりもさらに間接的ではありますが、確実な方法としてマントルの組成を知る方法があります。幸いに地表に出てきたマグマ、ここでいえば玄武岩ですが、マグマというのはマントルの一部が溶けて出てきたということになりますから、玄武岩を調べることによって、さらにもとの物質がどういうものであったかを推測することができます。そういった手法を取りますと、マントル物質を直接手に取れないにしても、私たちは月のマントルの組成を知ることが可能となります。
中心核はますます手に入らないだろうと思いますが、鉄隕石との類似関係であるとか、マントルと中心核の間に元素がどのように分布されるかという研究を進めることで、ある程度の推測が可能になるということになると思います。
この図は元素がたくさん並べてありますが、左側にあるのが結晶に入りにくい元素、右側にあるのが結晶に入りやすい元素だと思ってください。縦軸が隕石との比較です。これは月と地球との似たようなでき方でできた玄武岩を比較してあります。そうしますと、隕石と濃度が同じ場合には1のところですが、それが対数で書かれています。月と地球は、かなり大胆にいくつか代表してしまってるんですが、ほかの岩石を取っても相対的な傾向はあまり変わりませんので。そうしますと、いちばん下に2つ印があるのが月2つですけれども、これはいちばん左に4つ、セシウム、ルビジウム、カリウム、ナトリウムとありますが、アルカリ元素に関していいますと月は明らかに地球の5倍〜10倍くらい、アルカリが少ないことがわかっています。さらに隕石と比べると、その横に難揮発性元素といってバンと上がって平らになっていますけれど、そこの元素群と比べた場合、アルカリが明らかに乏しくなっている。だから月も地球も隕石に比べてアルカリが乏しいということは似ている。しかしよく比べると、その乏しさの具合は月と地球とで違っている。実はこれは、マグマができたあとのプロセスでは説明できない現象で、月の原料物質あるいは月の起源に関わる重大な事実であります。この部分についての解明が必要だと思います。それから右側のほうに書きました結晶に入りやすい元素。これは主成分、主な岩石の主成分になるような元素が多いんですが、これについては月なり地球なりができてから、そのあとどのような進化をしてきたかという情報を持って、ガタガタしていますけれど、ある元素が多くなって、ある元素は少なくなってということがあります。いろいろガタガタとジグザグになっている部分が、いったい何で1つ1つどういう結晶がどのように挙動するとどうなるかを調べることによって、月の進化について情報が得られる。
月の進化を考える場合に、詳しく説明しませんけれども、非常な関心事の1つは、月にはマグマオーシャンがあったと考えられていますが、いったいそのマグマオーシャンとはどんなものか。月が集積したあと、下の図にあるように表層からある部分までが全部ドロドロに溶けてしまったのか、あるいは一部溶けたものだけが表面に染み出してきたのか、そういった基本的な問題がいまのところわからないわけです。それを明らかにするのが、右側に書きましたけれど、現在の月の地殻なりマントルなりの構造とそれを構成する物質がどのようなものであるかを知ることによって、マグマオーシャンが、具体的にどのようなものであったか想像がつくのではないか。
これは、ひとことでいうと、月の地殻の進化を考える時に重要なのは月の年代を知るという仕事で、これは年代測定でわかるわけですけれども、右側に赤く書いたところ、地球の石はいくら年代測定しても石としては40億年より若い石しか出てきません。40億年と46億年の間の岩石が空白になっているわけですけれども、月には、特に高地にはその部分の年代を示す岩石がいくつも見出されていますので、太陽系ができてから数億年の間に何が起こったのかを知るためにも、月は非常に重要であると。
いままでのアポロを中心とした探査で、物質に関してどれだけわかってきたかということは、何度もいわれいますけれども、色が付けてあるところはγ線の測定……どっちだったかな、忘れてしまいましたけれど、リモートセンシングによって組成がわかっているところのデータです。左側に、小さくてわかりにくいかも知れませんが、点々とあるのが、これまでのランディングサイトですけれど、これを見て明かなのは表側にしかないということと、表側の海にほとんどが集中しているということで、裏側はほとんど私たちは何も手にしていないということがわかると思います。
以上、物質から見て月はだまだ未踏の課題であると。これからぜひ取り組むべきであると。以上です。
 
唐牛: どうもありがとうございました。坪井さん、どうしましょう。この話をもう少し続けるか。一応、何をやりたいかいってしまいますか。それから、特に月のどういうこと、形状とか観測のためにこういうことを知りたいということも交えて、ちょっとお願いします。
 
坪井: 茨城大学の坪井です。「月からの科学」という話は第2フェーズで、かなり先の話であるといわれていましたけれど、天体観測の場合だと、新しいデータを得る方法は、たぶん2つの進歩から行われると思います。1つは角度分解能を上げるという方法ですね。唐牛先生がおっしゃいましたけれども、干渉計を組んで非常に高い角度分解能を得るという話。もう1つは、超高感度な検出機を使って非常に淡いものをとらえるという面があると思います。
後者のほうは月面で大土木工事をしなくても実現可能だと、私は思っています。したがってこれで何ができるかという話で、私はこれで銀河のタマゴを見つけたいと考えています。私たちは、皆さんもそうですが、銀河の中に住んでいます。天の川という名前の銀河の中に住んでいます。これがわれわれの現在の宇宙の姿だと考えていただいていいと思います。ところが、もう30年くらい前になりますが、宇宙のどの方向を見ても同じ強さの電波がやってくるということがわかりました。宇宙背景放射といわれる電波なんですが、これはどうも宇宙が大爆発によって開闢したことの証拠になっていると思います。したがってこのような大爆発を起こしたような混沌の状態から、何かしらの進化があって、いまのような秩序だった銀河の世界に宇宙は進化したと考えられるわけです。私が知りたいのは、どのように進化して銀河ができてきたかという過程なわけです。どうしたらそのような情報が得られるかといいますと、先ほどいいました宇宙背景放射の異方性、方向による強さの違い、揺らぎといってもいいでしょう、この揺らぎを正確に測ることによって、おそらくこの道筋がよくわかってくると思います。
もちろんこのような考え方は20年くらい前からありまして、アメリカの「COBE(コービー)」という名の衛星で1回測られました。地球を回る人工衛星だったんですが、それで出た結論によると、どうも揺らぎはあるということだったんです。しかし宇宙背景放射の揺らぎは何種類もありまして、残念ながら「コービー」が測ったものは、銀河ができた直接のもとになったものではなくて、もっと大きな銀河とは直接関係ない揺らぎだったわけです。私が知りたいのは、もう少し、といっても私の眼鏡を取った時の視力くらいで十分なんですが、それくらいの角度分解能を持った観測機で宇宙背景放射の揺らぎを測り、直接銀河のもとになった、銀河のタマゴを見つけて、混沌から秩序ある銀河への進化の道筋の最初の部分を押さえるということをやってみたいと思います。
 
五代: ええ。宇宙開発事業団のほうでですね、技術基盤というんでしょうか、まず1番目に、この1年間で3機、H-IIロケットを完全に成功させました。現在それを改良しようという計画が既にスタートしておりまして、これは1番目にコストを下げよう、半分以下にしようというのがございますし、それからそれをファミリー化して、5割増し、あるいは倍くらいの打上げ能力を持たせようということです。
コストを下げるということについてちょっとお話しますと、宇宙開発の予算を非常に有効に使うと。もちろん宇宙開発の予算は、いま日本で2000億ですが、これを3000億、4000億にすると、それはわれわれも努力しますし、こういうことが望ましい方向ではありますが、それが増えなきゃ月探査はできないかというとそうではない。そのために資金を有効に利用したいということで、輸送系というのはやっぱり、どうしてもお金が高いですから、それからまず下げましょう。こういう主旨で半分以下にする。同じように全部半分以下にすれば、同じ資金でもって倍のことができるわけです。いろんな多様なことができるだろう。その最初として実はH-IIの改良というのをしているわけです。そうしますとコストのほうでいいますと、お金がこちらのほうからもゆとりが出てくる可能性がありますし、能力的にいえば先ほどの話のように、2トンの静止衛星が月へ行くということとほぼ同じですし、それの1/6くらいは月面に降りる。そこのロビーの月面車というのも、ゆうに降ろせるわけであります。
それ以外にもちろん、月探査にはいろんな技術がいりますが、事業団で1本の柱として地球観測衛星シリーズをやっております。3機ありますし、このあともずっとシリーズが続きます。もちろん地球のほうを眺めるセンサーと月を眺めるセンサーとは違いますから、そういう開発は必要でありますが、地球観測衛星技術というものは、月の観測技術の非常なベースとなっていると思っております。それからETS-Z、技術試験衛星Z号というのも計画しておりますが、これは宇宙空間で無人でランデブードッキング、あるいはロボット技術の試験をするというのも着々と進んでおります。またインフラとしては宇宙科学研究所の臼田の大きなトラッキングのアンテナがございますが、それに事業団のほうがかなり大きなネットワークを持っています。もちろん世界との共同でネットワークというのは構成されるわけですが、そういうインフラも整っている。それから月探査というのは将来は当然、国際協力でしょうが、国際協力の非常に大きな例として、いま宇宙ステーション計画を進めている。
いろんなことを考えますと、月探査の周辺、基盤技術だけではなくて、いろんな絡みとかも整ってきているんではないかと、こう思っているわけです。
総合的・段階的で、一過性でなくて、継続的に進めていくというのは皆さん基本的には同じ考えだと思うんですが。あと私が考えるのは、先ほどH-IIのコストダウンの時に申しましたけれど、じゃあ月探査のお金をどこから持ってくるんだという話がありますが、日本の宇宙予算、少なくとも日本でまとめれば2000億あるわけです。いま、だいたいその10%を宇宙科学研究所で使って、いろんな多方面の宇宙科学を研究されておりますが、それと別に、いわゆる月・惑星というようなものに、10%くらい出すのは、ともかく資金の効率的な運用ということを図り、また資金・予算の増大をだんだん図っていく、これは段階的だと思うんですが、周りの理解を得ながら進めていくということがあるとできるんではないか。予算がないからなかなかスタートできないというんではなくて、私は、いまの段階でまずスタートするべきだし、できると思っておりますが、その辺、先生どうでしょうか?
 
唐牛: どうもありがとうございました。皆さんそれぞれ、主にこういうことを理解したいというお話だったんですが、さて一歩突っ込んで、月に行ってどういう装置を置いて、どういう観測手段あるいはどういうサンプルリターンによってこれをやるのかというあたりに話を進めたいんですが。坪井さんからいきましょうか。観測装置はどういうところにどういうものを置いてというような構想はございますか。
 
坪井: 先ほどもいいましたが、私がやりたいことは大土木工事は必要ないんですね。ただし、なるべくいい環境に置いて欲しい。いい環境というのは検出機が1か月の間、真上から太陽が照らされるという状況では、たぶん観測ができない。観測する時は、夜か、あるいは月の極、そんなに極自体ではなく、極付近に月の自転を利用して、ある方向を向いた検出機をそこに置いて、月の自転を利用して宇宙、天空を掃いていくという方法で、十分に科学的データが得られると思います。大きさとしては科学的な部分では1トンは越えなくても十分に検出機を組むことはできると思います。
 
唐牛: ありがとうございました。天文学者は特に極のクレーターということを最近とみに注目して考えているわけですが、「月の科学」から見て、例えばエイトケンとかいう何千kmだかのクレーターがあって、その中は魔化不思議、よく知らない世界だといわれていますが、ここは特に「月の科学」から見て何か面白いことがあるんでしょうか、あるいは全然興味がないんでしょうか、皆さん。ぼく個人的にぜひうかがいたいんですけれど、いかがでしょうか、富樫さん。
 
富樫: クレメンタインがリモートセンシングでイメージングスペクトロメータとかそういうのを使って、ある鉱物の組成であるとか、場合によっては科学組成が全月について情報が得られつつあるわけですけれども、その中で得られた成果の1つとして南極にあるエイトケンという大きなクレーターの中には、もしかするといま私がいいましたマントル物質、マグネシウムの非常に多い物質があるかも知れないということがいわれています。それからまた、クレーターの壁に玄武岩の層があるやに見える部分もありますので、クレーターの壁なりクレーターの掘り出したものは、月のものを知るという点からも非常に重要ではないかと思うんですが、佐々木さんも何か?
 
佐々木: 物質的には、いま富樫さんがいわれた通りだと思います。実はエイトケンというクレーターはもっと小さいクレーターで、南極とエイトケンの間に直径を結んだような大きなクレーターということでサウスポール・エイトケンといわれているんですけれども、だからまだ正式な名前は付いていないんですが、実際、クレメンタインのほかの高度計のデータで見ると、中心部では周りより15kmから16km低いんですね。サウスポール・エイトケンというのは、それだけ大きな凹地になっている。昔あった月の原地殻は完全に穴が開いて、もうマントルが露出してしまったと考えてもいいくらいの大きな衝突だったと思います。そうしますと、表面の面つきはそのあとに落っこってきたクレーターでほとんど見えなくなっているんですが、ほかの証拠でも物質科学的に違うんではないかという証拠は確かに見られています。もう1つは、それだけ大きいクレーターなんで、しかも月がある程度固まりつつある時に起きたら、内部構造にもたぶん影響で出てきているだろうし、もしかすると月をうまく調べれば、大きな衝突があればちょうどその反対にも影響が出るという話があって、反対側を見ればサウスポール・エイトケンの影響が出ているじゃないかとか。そういった内部構造への影響に私はかなり興味がありますね。
 
唐牛: わかりました。皆さんの先ほどの話にもう1回帰らせていただきますけれども、どのような観測手段で、どのような方法でもって皆さんの興味に迫るのかということを、もう1回おうかがいしたいんですけれど、藤原さん、いかがですか。
 
藤原: 月ミッションって、いま考えられているのは、何回かたぶんやられると思うんですが、いま理学関係で議論されているのは、こないだうちから、佐々木さんも入っていらっしゃったし富樫さんもいらっしゃったんですが、どういうふうなミッションにしようかという話が議論されました。
1回で閉じるんじゃなくて、1回、2回、3回と段階を踏んで、全体として、ミッションとしてサイエンティフィックな意義があるようなものにしようと議論が進められています。1回目はリモートセンシング的なものを中心にして、いま富樫さんがおっしゃられましたけれども、アポロなんかでやられた部分は非常に僅かですし、サンプルリターンはそれにしても取ってきたらいいのだろうか、それからルナベース的なものを作るにしても、その基礎になるデータをしっかり取ってからやる必要があるということで、リモートセンシング的なものを中心に、あるいはランダーということもまた事業団さんのほうで考えられているようですが、そういうものをやろうと。
それから、その次になりますと、先ほど私が申し上げましたけれど、月の内部を調べるために、例えばペネトレータ、いま「ルナA」で考えられておりますけれど、そういうものをさらに何発か、裏側にも表側にも数を増やして打って、全体的なネットワークを作って内部を本格的に調べようというふうなこと。  その次になりますとサンプルリターンをやって仕上げようという計画が考えられています。
 
唐牛: わかりました、ありがとうございます。佐々木さん、その最初のフェーズの、オービターからいろいろ調べるということに関して、先ほどレーダーの話をされましたけれど、あれはかなり重要な方法だと理解してよろしいんでしょうか。われわれもレゴリスがどれくらいの厚さで、どこに装置を置いたら安定しているのかということについて、極めて興味があるんですけれども。そういうリモートセンシングによって行われる調査は、どこに重点を置くべきか。
 
佐々木: 私も月の探査に興味を持っていろいろと調べていくうちに、レーダーによる手法はかなり重要ではないかと思ったんです。これはアポロ17号の場合、3つの波長を使って行ったんですが、深さ3kmくらいまで染み透って反射面を見ることができて、浅いところでは例えば10m、20mの厚さのレゴリスを見ることができます。それは月の地質・地形にとって重要であるだけではなくて、いまどこに物を設置しなければならないということをいいましたね。それは天文台にしても、われわれが考えていることは地震計は割りと安定したところに置きたいわけですね。そうすると地震計を置くのはどこがいいか、あるいはボーリングするにはどこがいいか。あるいは月の利用から話をすれば、ヘリウム3を取ってくるなんて話は、レゴリスが多ければ多いほどいいわけですから、そっちの時にはレゴリスが厚いところにいかなければいけない。そういった基本的な情報を与えるいちばん大きなものだと思います。
もう1つは、これはあんまり上手くいかないんではないかという話もあるんですが、月の極地に氷があるという話があって、それを探る1つの手段があります。
もう1つは月の極地の部分というのは太陽の光が当たらないですから、天文台を置くとかそういうことにとっては、いちばん重要な場所ですよね。そういうところの地形をハッキリ見るのは、レーダーの向きを少し斜めまで振れば、SARの方法で地形までわかりますから、内部構造だけではなくて地形あるいは高度を見る手段として重要ではないかと思います。
 
唐牛: アポロ17号では分解能がどれくらいで、こんど計画されているのは1桁とか2桁いいものを計画されているんですか?
 
佐々木: 悪くても17号程度のものがあれば結構なことができると思います。分解能ていうことからいうと、これは波長によって違うんで何ともいえないんですが、だいたい電波の波長の10倍くらい染み込むという感じですね。結果から見ると。で、横の広がりなんですが、1つのオービットだけで結果を見るのはかなり危険で、隣合ったオービットとの相関を見て、内部から反射してきたか表面の横っちょの場所から反射してきたのかというのを区別するためには、なるべく細かくオービットを取って観測する必要があります。
 
唐牛: ありがとうございます。富樫さんは、やっぱりサンプルリターンですか。そこがいちばん興味のあるところですか。
 
富樫: ただサンプルリターンというのは場所がいくつかに限られてしまうということがありますので、その前の段階としてリモートセンシングというのは、やっぱりやらなくてはいけないし、H-IIによる最初のミッションが行くとして、それまでの間に世界的にも、ある程度リモートセンシングによる科学的あるいは鉱物的な情報は得られると思うんですね。そうすると次に目指すものとしては、次のサンプルリターンとの間を埋める、もっと、例えばいまの話題にあがったサウスポール・エイトケンの、ここの部分の組成をリモートセンシングで、いままでのリモートセンシングより精度を上げて、知りたい情報を得るというような段階というのが欲しいと思います。
それから実際にサンプルを取る段になっても方法は2つあるわけで、アポロのように有人で取るという方法と、いまNASDAの方が一所懸命開発していますローバーを使うという方法があると思います。それぞれいいところと悪いところがあるわけですね。有人の場合はよく経験を積んだ地質学者が行けば、アポロ17号で実際に証明されているように、非常に短時間で重要なサンプルを選び出すことができるわけですけれども、人が行けるところには限りがあるわけで、そこを無人のローバーが延々と1000kmくらい走り回ってくれれば、人間にはできないサンプルリターンもできると思います。
 
唐牛: はからずも有人・無人の話が出ましたけれども、サンプルリターンにとって有人というのは、無人ではどうしてもカバーしきれない大事なことも絶対あるんだということは富樫さんの確信ですね。
 
富樫: ただ、それは選択の問題でもあるので難しいところですね。
 
唐牛: 坪井さんは天文観測の複雑な観測装置を持ち込んでいく時に、もちろんいまの検討のベースは無人であるということですけれども、将来的に長い基線を張るような、極めて調整がたいへんなものというのは、やはり有人でやりたくなるものでしょうか?
 
坪井: そうですね。やはり細かい調整が必要な、例えば光学干渉計のようなものは、観測する時は人なんて雑音以外の何物でもないのでいないほうがいいんですが、作る時はあったほうがいいと思いますね。降ろしてしまって、あそこのネジが緩んでこんなに悪いデータしか出ていないとか実験室ではこうやれば終わりのところができないというのは、非常に歯がゆい思いをすると思います。お金の無駄遣いになるかも知れませんので、むしろやはり有人でという希望は、もちろん最終的にはあると思います。
 
唐牛: 時間もそろそろ迫っておりますけれど、佐々木さん、藤原さんは有人・無人のことに関して何かご意見はありますか。
 
藤原: 特にないんですが、そうですね、月の科学ということでいうと、従来やられていたサイエンスを越えてさらに、最初にもいいましたけれど本格的な月の起源を明らかにするという意味で、かなり長期的に構える必要があると思います。サイエンスもサンプルリターンをするということだけでなくて、現地でかなりのことが測定できるような、ある意味でサイエンスのルナベース、ラボラトリーのようなものを作っていくことも考えられるんじゃないかというふうに考えます。そうなってくると、いずれは有人というのも考え得るんではないかという気がします。
 
唐牛: 佐々木さんは何か。
 
佐々木: 先ほどはリモセンの話、レーダーの話をしましたけれども、表面の地質・地形あるいは構成成分のデータをしっかり得るためには、表面に行って活動することが不可欠で、私は有人の前には、ぜひローバーをなるべくくまなく回していただいて、なるべく多くのデータを細かい精度で取っていただきたい。できればそこで年代も測ったりとか、そういうことを無人でやっていただきたいんですが、究極的にはやはり有人で行って何かをするということが、特にここを調べるとかそういうことにとって重要なんではないかと思うんです。例えば海洋底の観測にしても無人のロボットによる観測はありますけれど、実際、深海底に人間が高耐圧の潜水艦を作って入っていって、そこでここ取ろうと思ってアームを伸ばしてサンプルを取ってきたりとか、実際、人が行って見ながらやるという操作をしているわけです。それは船の上から操作してできるかというと、やっぱり潜っていってやるということは、一段いいことができるというふうに、みんな確信しています。同じことが月にもかなりいえるんではないかと思う。それだけではなくて、実際その場に人が行って何かを取ってくる、何かを調べるということをやることによって、また夢が広がって次のことをやりたくなる。そういうことが絶対あるんではないかと思うんです。
ちょっと長くなりますが、月の科学をアメリカで推進していたジーン・シューメーカーの奥さんに話を聞いたことがあるんですが、何で彼があんなに興味を持って月をやったんだというと、奥さんは「それは自分で月に行きたかったから一所懸命やって、自分が最初の地質学者の宇宙飛行士になるつもりだった」と、そういう話をしていました。
 
唐牛: どうもありがとうございました。ちょうど1時間経ちましたけれど、私が簡単なまとめでこのラウンドテーブルを終わらせていただきます。
一応、簡単にまとめるとしたら、まずリモートセンシングから始めるというのが「月の科学」であろうと皆さん一致した考えで、現在のところ、少なくとも次のステップに行くだけの情報をまだ十分にわれわれは持っていないと。どこに地震計を置くのか、どこにラウンダーを降ろすのか、あるいはどこで将来的な基地を作るのか、地形、地下数kmの形状、天文観測の場合には温度の分布とかいうことも含めて、新しい「月の科学」への第一歩を日本が、これからもお話があると思うんですが、構築していけると、たいへん幸せだなぁと思います。
有人・無人の話は、ちょっと私が仕掛けた格好になりましたけれども、将来的には大きな観測装置を作ったり、あるいは非常にインタラクティブな判断が必要とされることで、本当にインテリジェントなロボットでそういうことが全部できるかというと、いまのところそうでもない。やはり科学は人間が行ってやることが必要なんだという意見がかなり根強くあるので今回の意見であったと思います。
とりとめのない話になりましたが、特にまとめはそうでしたが、これで今日の最初のラウンドテーブルを終わらせていただきたいと思います。ありがとうございます。

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