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月・惑星へ


あかつき
計画の概要

■「地球の双子星」の恐るべき素顔
1960年代から1970年代にかけて、主に旧ソ連が行ってきた金星探査により、金星という星の恐るべき正体が明らかになりました。
地球から眺める金星はぼんやりとしていて、女性的な面影をも漂わせており、「女神」(ビーナス)に例えられるのもうなづけます。しかし、その実態は、地表面の温度が470度、地表面での気圧が90気圧(地球でいう海面下900メートルの圧力に相当)という、地獄という言葉さえ軽く感じられる世界でした。
そもそも、地球と金星は大きさが似通っていることから、金星は「地球の双子星」ともいわれてきました。それがなぜ、片や地獄、片や生きものが繁栄する世界と変貌したのでしょうか。
金星探査機が取得したデータの解析などから、その原因は金星と地球との「位置」の違いが原因とされています。金星は地球に比べ太陽に近く、より多くの熱を受けることになります。このため、液体の水は比較的早い時期に蒸発してしまいました。大気中には二酸化炭素が残ったままとなり、それが猛烈な温室効果を引き起こし、さらに水分がなくなっていきます。こうして、温室効果によって金星は地獄のような世界へと変貌していったとされています。
地球では液体の水が存在でき、海として大量の水が残りました。この海に二酸化炭素が溶け込み、石灰岩(炭酸カルシウム)として固定され、わずかに残った二酸化炭素による穏やかな温室効果で、現在の生物に住みよい環境ができたと考えられています。
私たちの地球がいまこのような姿をしている理由は、あまりにも違いすぎる金星が教えてくれたのです。

■金星の大気を探る「惑星気象学」
金星を理解するためには、金星の姿を完全に変えてしまった大気を理解することが重要です。前に述べた通り、金星の大気は地表で90気圧にも達するという分厚いものです。地球とはまったく異なる大気であることは想像できるでしょう。
さらに驚くべきことは、その大気の運動です。金星の大気には、大気全体を取り巻く高速の流れがあることがわかっています。この流れは「スーパーローテーション」と呼ばれ、時速400キロものスピードがあります。
このように天体全体を取り巻く大気の流れは、太陽系で大気を持つ天体ですとたいてい存在します。例えば地球にも「ジェット気流」と呼ばれる、北半球を取り巻く空気の流れがあります。ところが、このスーパーローテーションはジェット気流とはまったく異なるのです。
ジェット気流は中緯度帯(北緯30〜60度前後)に存在しますが、スーパーローテーションは金星の大気全体にわたって存在します。さらに、ジェット気流の発生源の1つは地球の自転とされていますが、金星の自転は極めて遅く(243日)、自転が高速の空気の流れを作るとは考えられません。つまり、スーパーローテーションを引き起こすエネルギーの源はよくわかっていないのです。
一方、スーパーローテーションは土星の衛星・タイタンでも発見されており、実はこのような現象は、むしろ太陽系の天体では一般的なものなのかも知れません。
このような大気の理解は、いずれは地球の大気の運動の理解にも役立ちます。天体の大気を調べる学問を「惑星気象学」といい、「あかつき」はまさに、金星の大気、そして気象を調べ、惑星気象学を確立するために打ち上げられた衛星なのです。

■厳選された観測機器で、大気の謎に挑む
「あかつき」は、4種類のカメラを利用して、金星大気の謎に挑みます。
このカメラは、撮影する光の波長が異なり、それによってみえるものが変わってきます。それによって、金星の大気の流れ、さらには雲や雷といった現象を理解する(捉える)ことを目指しています。
近赤外カメラは文字通り近赤外線を捉えるカメラです。近赤外線の中でも2種類の波長帯を捉えるため、それぞれ1・2と名前が付けられています。1は雲や地表面の観測を、2は雲や二酸化炭素の分布を捉えます。
中間赤外線領域を捉える中間赤外カメラでは、雲の上の部分の温度を観測します。
一方、可視光線(私たちがみることができる光)で赤外線と反対側、波長が短い側では、紫外線での観測を行うための紫外イメージャーが活躍します。こちらは、大気中の雲(硫酸の粒でできていると考えられます)を観測するため、その大本となる二酸化硫黄を捉えることを目指します。
さらに、大気中の発光現象を観測するための雷/大気光カメラでは、これまで理論的には提唱されてきたものの未だ発見されていない金星大気中の雷や、大気の発光現象(オーロラ)などを観測することに挑戦します。
このような観測により、金星大気の姿を明らかにしようというのが、「あかつき」の指名です。

■2010年打ち上げ、しかし金星周回軌道へ投入できず
「あかつき」は、開発時にはPLANET-Cという名称が付けられており、打ち上げ後にこの愛称となりました。
「あかつき」は2010年5月21日、H-IIAロケットにより種子島宇宙センターから打ち上げられました。その後金星までの飛行は順調で、12月7日、金星周回軌道への投入が行われました。
ところが、本来約12分間逆噴射用のエンジンを噴射するはずだったのが、2分半で噴射が終了してしまいました。金星を回る軌道へ入るためには、速度を大きく落とす必要があります。ところが逆噴射が十分にできなかったため、速度を必要なだけ落とすことができず、「あかつき」はそのまま金星を通り過ぎ、太陽の周りを回る「人工惑星」になってしまったのです。
ミッションチームがこのエンジン逆噴射の失敗の理由を調べた結果、燃料が逆流することを防ぐ「逆止弁」と呼ばれる弁が何らかの理由で詰まってしまい、エンジンへ燃料が多く供給されすぎて異常高温となり、異常な燃焼が起きた可能性があることがわかりました。さらに困ったことに、この異常燃焼でエンジンが破損してしまった可能性も高いこともわかったのです。
幸い、「あかつき」衛星自体には大きな問題はなく、通信もできており、タイミングさえ合えば再び金星の近くにやってきて、再度の軌道投入ができる可能性も考えられました。しかし、逆噴射の際にメインで利用するエンジンが使えないとなると、残るは力の小さい(しかも本来の目的ではない)姿勢制御用のエンジンを使うしかありません。しかも、金星に再び近づく可能性があるかどうかもわからなかったのです。

■5年の放浪を経て再チャレンジ、そして成功へ
プロジェクトチームでは、「あかつき」の軌道と、軌道を変更した場合の金星への再接近の可能性を様々な組み合わせのもとで膨大な数にわたる計算を行い、2015年の冬に金星に再接近するチャンスがあることを見出しました。ただ、それは設計寿命(2年半)の2倍にわたって探査機を生かし続けなければならないことを意味します。さらに、「あかつき」が太陽の周りを回る軌道は、一部金星より内側に入っており、そこでは金星以上に強烈な熱にさらされることになります。
ミッションチームでは、運用を工夫したりするなどして衛星を長持ちさせ、5年後となるチャンスを狙いました。そして2015年12月7日、奇しくも金星周回軌道投入失敗から5年後となる同じ日に、再度金星周回軌道への投入を試みました。
「あかつき」は数千万キロ離れた宇宙空間上にあります。いくら5年前の失敗原因がほぼ特定されているからといっても、その通りである保証はありません。さらに、他の機器についても、設計寿命を大幅に超過していますから、正常に動作してくれる保証はありませんでした。
しかし、プロジェクトチームの執念が通じたのか、「あかつき」は計算通りの、姿勢制御エンジンを利用した逆噴射による金星周回軌道への投入に成功しました。
こうして「あかつき」は、5年遅れとなってしまいましたが、日本初の惑星探査機となったのです。
その後探査機の状態を調べた結果、各観測機器も良好な状態を保っていることが明らかになりました。2016年3月現在、探査機の初期チェックが行われており、4月以降に金星の本観測へ移行する予定です。
日本の探査機が金星の大気の姿を明らかにする日が、間もなくやってきます。