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月を知ろう

月に関する研究発表
5.月・惑星の科学
宇宙科学研究所 教授 水谷 仁

宇宙科学研究所の水谷です。先ほどの海部先生の話にありましたように、我々が月に行けば宇宙についてもっと素晴らしい描像が得られるということです。月からの天文学以外にも、月面の環境を利用したいろんな科学についても発展が見られることは間違いないと思いますが、たぶん我々がこういう大きな月探査計画を行なうとすると、いちばん早く着実な成果があるのは、やはり月そのものの科学だろうと思います。月そのものの科学については、これまでアメリカのアポロ計画あるいはソ連のルナ計画等によっていろんな成果が得られていると思われていますが、本当の学問的な見地、例えば太陽系がどうやって生まれたか、あるいは月や惑星がどのようにして誕生して現在に至ったかということを調べようという学問的な立場からすると、そのようなミッションはほんのスタートラインに立ったところであると思います。これからは、そのスタートラインのさらに延長上にある本格的な調査の時代が必要ではないかと思います。

これからの我々の月・惑星探査のキーワードは、たぶん、探査・探索・探検の「探」の時代から、将来は「査」をとった「調査」の時代だと思います。これがたぶん日本の月・惑星探査のキーワードだろうと私は思います。調査の時代というのは、比較的、我々の人間の歴史のうえでは、無視されているわけではありませんが、あまり人に知られないものであります。例えば、いちばん最初の秋葉先生がおっしゃった南極探検の話がありましたけれど、もっと広い意味で惑星探査を地球の探査に例えてみますと、誰でも「コロンブスが1492年にアメリカを発見した」とか「バスコ・ダ・ガマが希望峰を通ってインド航路を発見した」ということは社会科で習うんですけれども、そのあと我々の地球にどういう生物がいるか、あるいはコロンブスがあるいはバスコ・ダ・ガマが広い海をわたって行ったわけですけれども、その海の中にどういう生物がいるか、あるいはその海がどういう構造をしているか、こういうことについての調査が行われたのは知られていないわけです。

例えば15世紀から16世紀の初めにかけて行われた大航海時代というのは皆さんよくご存知で社会の教科書にもよく出てくるわけですけれども、そのあと本当にそういう科学的な調査が行われたのは19世紀の初めから半ばにかけて行われたわけです。例えばこのビューグラフにありますのはチャレンジャー号です。チャレンジャー号というと、ここにいる皆さんはスペースシャトル・チャレンジャーの事故のことを思い出されるでしょうけれど、チャレンジャーというのはもとはこの絵にありますような調査船です。これはイギリスのヴィクトリア期のいちばん最盛期に行われた航海です。最近いい本が出まして西村三郎さんが「チャレンジャー号探検」という本を出されておりますけれども、この中にはこういうことが書かれています。欧米の列強諸国が、それまでに発見した探検船・測量艦の多くが、自国の政治的あるいは植民政策、あるいは政治的・経済的利益と結び付いた現実的な有用性を狙っていたのに対して、このチャレンジャー号というのは海の中にどういう生物がいるか、海の中がどうなっているかを調べるための、真理の探究・学問の進歩のためにだけ、「いうなれば人類全体の栄光を旗印に」と書いてありますが、これはイギリスの科学界の総元締であるロイヤルソサエティが企画して送り出した調査船です。これによって近代の海洋学が生まれたわけですけれども、我々はちょうどこのコロンブス、バスコ・ダ・ガマ、あるいはマゼランといった人のあとに続いた、こういう探検船の始まる時代あるいは調査船の時代にあるのではないかと思います。これによって初めて月や惑星の科学の本当のことがわかるのではないかと思います。

そういうキーワードに立って見ると月や惑星の探査ではどんなものが考えられるかがここに書いてありますが時間がありませんのでこれは省略しましょう。

これはアポロ17号の写真ですけれども、アポロではいろんなことがわかってきてはいるわけです。例えば、こういう岩石がどういう風なものであるか、どういう地形をしているかというのがわかってきました。

アポロ11号から17号までの間に宇宙飛行士はだいたい300kgくらいの石を持って来ました。こんな石を持って来たわけですね。こういう石がどういう時代にできたか、どういう組成を持っているかということがわかってきました。

あるいは行ってみると月の表面は非常にたくさんのクレーターで覆われていることがわかってきましたが、そのクレーターが作られる頻度というのはどんどん現在になるにつれて落ちてきている。あるいは月が誕生した初期の時代には非常にたくさん隕石が降ってきた。現在のたぶん1000倍以上の割合でいろんな隕石が月面上にぶつかっていたということがわかってきました。このあいだのSL-9が木星にぶつかったのは、だいたい1000年に1度といっていましたが、たぶん40億年前にはたぶん1年に1回あるいは1か月に1回の割合で、ああいうものが地球にも落ちていたという推算になります。

あるいはアポロの結果、そういう岩石を調べた結果、いちばん大きな成果は、たぶんこの絵だろうと思います。月の誕生直後は月が非常に熱いマグマ・オーシャンというもので覆われていたということがわかってきました。それまでは地球も月も、生まれた時は冷たい塵・芥が集まった冷たい惑星から出発して、だんだん熱くなってきたという概念が一般的な惑星形成の初期の状態の考えでしたけれども、アポロの結果によると、月は少なくとも誕生直後は非常に熱くて、数百kmの厚さに及ぶようなマグマの海があったということになりました。これから、地球の初期もたぶんこういうものであろうという考えになってきたわけです。こういうこと、いろんなことがわかってきたというのは、アポロは必ずしも科学的な目的のために行われたミッションではありませんでしたけれども、こういう産物があったということは言えると思います。

しかし本当にこのアポロの成果から月がどうやって生まれたか、あるいは現在に至ったかということを解くには十分なデータが得られておりません。これは漫画的に、現在の月の起源についての我々の考えを描いたものです。よく言われているように、地球と月は兄弟である、あるいは地球から飛び出した、親子説と書いてありますが地球から分裂してできたものである、あるいは、どこかでできたお月様の素があってそれが地球の重力圏に捉えられて回るようになったものである、といった古典的な3つの説、あるいは最近では地球に火星サイズの天体がぶつかってきて、その飛沫から月ができたという巨大衝突説といったようなものが挙げられておりますが、いろんな説がありますが、現在では月を研究している人々それぞれと同じぐらいに起源説があるという状態でありまして、残念ながらいままでの我々の知識では、この起源説のうちのどれがいいということは答えられない状態であります。

これが衝突起源説の絵ですね。

どうしてそういう状態になるかというと、我々の知らないことがいっぱいあるからであるのは間違いありませんが、特にこの絵にありますように我々が見たのは、あるいはアポロで調べたのは、この表面を調べたわけです。しかし実際にはここだけの中の方はまったく未知の領域として残されております。ここがどういうものであるか、月の中心部には地球のような鉄の塊があるのか、あるいはこのマントルと呼ばれている部分には地球と同じような岩石があるのか、赤い部分で書いてある月の地殻といいますけれど表層部分の岩石はどんな性質を持っているのか、この部分はどれくらいの厚さを持っているのかといったようなことが、ほとんどわかっていないからです。

月の起源とか誕生の謎を解くためには、どういうことを調べたらいいのかということが、いままでいろんな科学者によって提案されております。いくつかの10大謎というのが言われております。

10個あるかどうかは知りませんが、月の起源と進化を明らかにするためには、例えばこんなことを知る必要があるということが、かなり練られてきております。アポロがなければ何をやったらいいかよくわからなかったんですけれども、アポロの成果でこれを次はやろうということがわかってきております。いちいち読み上げることはありませんが、要するに全部かなりの部分が月の中側がどうなっているかがわかっていないために月の起源と進化が明らかにできないということであります。これは地球物理学的な問題です。

ここに書いてあるのは化学的な性質としてどんなものを知らなくてはいけないかというものを取り上げたものですけれど、ここでも全部表面の岩石についてはわかっているんですけれど、次に知りたいのはやはり月全体、月全体というのは要するに中身がどうなっているかということですが、月全体のいろんな性質を持った元素がどうなっているかがわからないと、起源の謎に迫れないということがわかってきているわけです。こういう問題を解くのが、月そのものの科学についての次の目標であろうと思います。いま私たちの宇宙科学研究所で考えている「ルナA」というミッションがありますが、こういう謎を解くことがひとつの目標となっています。

これは97年に打ち上げる予定のミッションでありまして、これは1台のミッションで3か所に地震計と熱流量計の科学観測ステーションを作ろうというものです。アポロ宇宙飛行士も地震計あるいは熱流量系を持って行きましたけれども、ああいう場合1回行くと1か所に、着陸地点に観測機器を置けたわけですけれども、そういうことをしていると時間がかかるというわけで、このミッションでは衛星にこういう槍型のペネトレータというものを3台抱えていきまして、3台をそれぞれ衛星から切り離して、月面上にこういう槍を突き刺そうというものです。これは月面上にソフト・ランディングではなくてハード・ランディングするわけですけれども、月面にだいたい秒速300mくらいのスピードでぶつかります。ぶつかった時の衝撃はだいたい5000Gくらいかかるというものです。ぶつかったあと、地面の中にこの槍が入っていきまして、およそ2mくらいの深さまでもぐってしまうだろうと思います。その中に観測装置が入っておりまして、それで観測するということになります。

先ほど言いましたように月の中身を調べるのが非常に重要だと思っておりまして、このミッションでは特に地震計が月面の広い場所に3か所置かれるわけです。この絵はわかりやすいとは言えませんが、月を輪切りにしたところですが、月の中に深発地震、月の浅い方でも起こりますが、深い所に地震がこういう所で起きるとしますと、黒い線がそういうものですが地震の波が広がってきます。もしこういう真ん中に地球と同じような鉄の塊がありますと、それが地震の波に対して一種のレンズの効果をしまして、非常に地震の波が強く来るところ、あるいは地震の波が来ないところができてきます。こういうことが起きているかどうかを地震計で調べることによって月の中身の様子を調べていこう。あるいはこの地震の波が伝わってくる時間を計りますと、そこの物質の中を地震波がどれくらいの速度で動いていったかというのがわかります。それがわかると、その中身の物質がどういう構造あるいは組成を持っていた物質であるかというのがわかる。ということで、この構造と組成を地震学的な手法によって明らかにしようというのが「ルナA」の目標です。こんなことが、まずたぶん、これからの月・惑星の調査、ミッションとしては最初の取っ掛かりだろうと思います。

「ルナA」では3か所に地震計を置きますが、実際地球では、これくらいのネットワークがあって初めて地球の中身がわかるようになってきました。ですから「ルナA」ですべてわかるというのは期待できませんが、今日の話にあるような月ミッションが行われるようになりますと、これくらいのネットワークはいずれできるようになりたいものだと思っています。

こういうことは、ほとんどたぶんロボットでできると思います。人間が行く必要はないだろうと思います。人間が行って面白いのは、たぶんこれから述べるようなことだろうと思います。これは非常に特別な地域の写真を持ってきました。ここにある地域ですね。普通はこういうクレーターや山があるのが月面の特徴ですが、ここに非常にヘンテコリンな地形があります。ぶどうパン状に、この中身はこうなっています。これに似たのはたぶん地球ですと地熱地帯のような所ですね。月は30億年くらい前までにはほとんど活動を終えて非常に冷たい天体になったと思われていますけれど、時にはこういうものがありまして、これは比較的最近まで活動した火山のように思われる節があります。こういう所は、ぜひ細かく調べる必要があるだろうと思います。

こういうものの謎を見るには、やはり人間が行く必要があると私は思います。なぜ人間かというと、ロボットでいろいろ観測はできると思いますが、結局のところ人間が行くことは、こういう難しい地域、あるいは難しい地質を調べるのには、どうしてもやはり人間だろうと。人間は何がいいかというと、人間は考える能力があるからです。ロボットも考える能力はもちろんありますが、たぶん人間のもっとも得意とするのは、こういう複雑な地形を詳しく調べることによって、その地域についての、ある種のインスピレーションを得るところが人間の役目だろうと、それから何かすぐ直接的に答えを出すのが人間の得意とするところではないと思いますが、たぶんこういう非常に込み入った問題を解決するうえで人間のいちばん特色を生かせるのは、そういうものを見ながら何らかのインスピレーションを得る、あるいはその問題解決の糸口をつかむ考えを持つということだろうと思います。そういう意味では、ぜひこういう地質学的な素養を持った人がこういう所を詳しく調べるということがいずれ必要になるだろうと思います。

いちばん最後のスライド。これは宇宙飛行士が月面を歩いているところです。こういう人の役割は、先ほど言いましたようにインスピレーションを得るということにあって、決してロボットではできないところは、きっとあるだろうと思います。こういう時代が早く来ることを願っています。


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