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> 月を知ろう > 月に関する研究発表 > シンポジウム「ふたたび月へ」 > 第1回シンポジウム(1994年) > 3.基調講演
月を知ろう

月に関する研究発表
2.基調講演
宇宙科学研究所 所長 秋葉鐐二郎

宇宙科学研究所の秋葉でございます。ただいまは宇宙開発事業団の山野理事長から、たいへん立派な挨拶をいただきまして、私の役目は基調講演ということでございますが、山野理事長のご挨拶はまさにその基調講演の最初の部分であり、私はこれからあとへ話つなぐという意味でのお話を続けたいと思います。

ここにありますのはアポロ宇宙船で初めて人類が月面に足跡を残して以来25年ということを記念いたしまして、アメリカで作られました記念切手を背景に書いたタイトルでございますが、アメリカは25年前に月へ既に有人活動を展開したわけでありますけれども、それ以来、長らく我々人類は月へ近づいていないという状況が続いております。このようなことは、やはり異常であると取れますが、例えば南極探検といったものが行われてから、実際南極の科学探査が行われるということになるまでには、50年くらいの時間がかかっておるというわけでありまして、やはり最初にこういう僻地へ、離れた場所へ人間が行くということは、いろんな意味で無理をして行われる事業でありまして、永続性を持ってそこで人間が活動していくには、いろんな意味での進歩がそこに積み重ねられなければいけないという背景はあろうかと思います。しかしながら既に25年というのは、我々いろんな意味での技術というのはずいぶん進歩いたしまして、これからのさらに25年、30年を考えますと、そこで究められる技術を前提とすれば、ふたたび月へ人間の活動を展開していくというのは当然の流れではなかろうかというわけであります。

そういうことから長期ヴィジョン懇談会におきましても、ぜひ月の有人活動というのを見通した形の議論を報告したいものだという希望がございまして、宇宙開発委員会のお世話で月惑星協会にお話を持っていきまして、この長期ヴィジョン懇談会に資料を出していただき、それが長期ヴィジョン懇談会の報告に反映されることになったわけでございます。

その次のスライドは、長期ヴィジョン懇談会にどのように書かれているか、要点だけを抜き書きしてまいりました。月の重点開発対象といたしまして、月の探査を一過性の取組みでなく計画的・段階的に進めていくと、このへんが大きくうたわれることになりました。その次のスライドはもう少し詳しい個別分野の開発について書かれていることでございまして、ここには2000年代初頭以降、科学探査および月の利用可能性調査を目的として月周回観測や月面着陸探査をはじめとした体系的な無人月探査計画を実施すべき云々と書いてございまして、将来は国際協力により月面天文台等に発展していくということを見通していきたいということが、ここにうたわれることになりました。

次のビューグラフを見ていただきます。私は、南極とのアナロジーを申し上げましたが、なぜ月かという話は今日のパネル等を通じて、いろんな観点から議論がなされるかと思います。まだそこに触れたくはございませんが、ともかく人間が活動の場を広げていくというその場所として広さをだいたいどんなものかというのを比較するのにいい絵でございます。これは亡くなられた南極の科学探査で有名な永田 武先生がお作りになったスライドをお借りしたわけでございますけれども、永田 武先生が南極の大きさと月の大きさを比較したものでございます。月は球面ですから、投影の4倍の面積を持つわけでありまして、投影面積は南極大陸と同じくらいだというわけですが、面積としてはアフリカ大陸とオーストラリア大陸を合わせたくらいの広さをもっております。これを大きいと見るか小さいと見るか、これは感じ方の問題ではございましょうが、いずれにしても未知の空間という意味で、たいへん南極との類似性があるわけでございます。南極も、人間が近づきやすい場所でないとしましても、現在は有人活動で探査、科学的研究が行われる場になっております。ロボティックス、無人探査というものがずいぶん進歩はしてきましたが、人が行けるという状況さえ作れれば、月もいずれ同じような状況になるというのは間違いないことであろうかと思っております。

宇宙における有人活動、これは地球周辺で既に行われております。有人活動という観点からいきますと、やはり重力がないという空間におけるひとつの特徴を生かすという反面、人が活動するにはなかなか不便な面もあるということであります。6分の1Gというのが月にはあるというのは、そのような、人間がそこで活動するという観点からいいますと、ひとつのメリットであるということも言えるのではないか思っております。

いずれにしましても、ここに対比して書きましたように、月における有人活動、最初は何といっても科学探査、これに重点が置かれるのではないかと思っております。しかしこれが将来、もっといろいろな形で我々の地上における生活に直結するような活動がここで行われていくということも当然考えられるわけであります。しかしそれには、ずいぶんいろいろな困難というものもあわせて考えなければなりません。次のスライドをお願いいたします。

月面活動というのは、ここに書いてありますけれども、何といってもいちばん最初には資金というものがどういう形で調達できるかということが可能性を左右いたします。先ほど山野理事長のお話にありましたように、国内の支持、それから国際的な支持というものがあって初めて、そのような資金が生み出されていくというわけであります。

それから資材の輸送、これも月面へ輸送するというのはたいへんなことであります。地球周辺というのは比較的簡単にいくわけでありますけれども、それにしてもかなり大きなロケットが要ります。その地球の周辺の軌道からさらに月へ、月の表面へ荷物を降ろすということになりますと、普通のやり方ですと地球周辺の10分の1の重さの物しか月へ届けられないということになります。少し凝った推進系を使いますと、5分の1くらいのところまでは運べるわけではありますけれども、いずれにしても大幅に輸送にはコストがかかるようになるわけでございまして、このへんにも、今後、有人活動を展開していくうえにおきまして、大きな技術進歩を前提としなければならないわけであります。

月面活動、先ほど申しましたように科学というひとくくりのものが当面中心課題であろうかと思いますが、科学の中としては、月を科学する月の科学。それから月から科学する、例えば遠い天体を観測するという天文的なものは月からの科学になります。それから月における科学、月の表面・月の環境を利用するという形での科学がございます。このへんは今日のパネルの方でいろいろ科学者の方がお話になりますので、そういったものをお聞きいただきたいと思っておりますが、このようなものは、大部分が無人でできるのではないだろうか、というのが、いま科学者の中ではかなり大勢を占めております。しかしながら人が行った場合にできることというのは、自ずからやれることが質的に変わってくるわけでございまして、無人でできることから始めるというのはひとつの手でありますが、無人に適したものは無人でやり、有人に適した話は有人でやるという、そういう形で進めていくのが将来の月探査のあり方として当然のことであろうかと思います。ただし有人は先ほどから申しておりますように、まだ簡単にできるという事情、状況にはございません。そういうところから、これはかなり長期計画として人が進める状態を作っていくというところから始めるべきではなかろうかと考えておりまして、そのような形でシナリオを作っていただくようなお願いを、月惑星協会にしたわけでございます。

例えばお金にしましても、月へ日本の国家予算と等規模くらいのもの、あるいはそれの何十%という規模を一挙に投入するような計画を立てることは非現実的であります。けれども、いまの予算、だいたい年間2000億円くらいの国家予算がございます。ここにさらに1000億円上積みするというのは、決して夢物語ではございません。これを10年続ければ1000億円は1兆円になるわけでございますし30年続ければ3兆円になるわけでございます。そのような長期的に時間をかけるというのは単に資金面だけではなく、その間に十分に技術開発にじっくりと取り組んでいけるというメリットもあるわけでありまして、時間をかけて無人で有人がつける環境を作っていくというシナリオを書いていただきたいというのが私からのお願いであったわけでございます。

いま言いましたお金の話でございますが、年間1000億円という我々の現在の予算を5割増しするようなお話が、そんな無理な話ではないということがこれを見てもおわかりになるように、国民総生産から見まして宇宙開発に携わっている国の中で我々日本というのはたいへんささやかな投資をしているに過ぎないというのをおわかりいただけると思います。ドイツぐらいの頑張り方をすれば、いまの5割増しという予算は出るはずでありまして、他のフランス、アメリカというところまで望めば、もっと大きなことができる可能性を含んでいると我々は理解しているところであります。

このようなことから、将来、たぶん30年後に有人で月活動ができるようにするということを無人でやっていくということは、我々が実現可能なやり方であろうかという風に考えます。このような手順で行ったらどうかと月惑星協会の方で回答を出してくださいました。まず最初は、月の表面が、どういうところがどういう状況であるかという調査を十分に行うということ。それからそこで動植物がどのように生育できるか、それは将来人間がそこへ行って、人間自身がどういう影響を受けるかということと同時に、人間の食料としての動植物、そういう風なものが月面で育ち得るか、という実験をやる必要があるわけでございます。それからいちばん大事な話は、月面で十分にエネルギーが確保できなきゃいけない。エネルギープラントをなるべく早い時期に持って行って、そこでいろいろな活動の支援ができるようにしなくちゃいかんということであります。月面はご存知のように半月の間、夜があります。その夜の間のエネルギーをどういう風に貯えるかということはたいへん大きな問題であります。その他、人間が月へ行きまして、ともかく生き延びていかなくてはいけない、そのためには酸素を作るということが大事であります。月惑星協会のスタディでは、それと同時に人間が生きていくうえに必要な水というのは月面においても得られるはずだというわけで、酸素と水の製造プラントを作るという試みが人間が月へ行く前にどうしてもやらなければいけないことです。そのような鋳型ができたところで食料生産モジュールができあがって、人間がそこで生活していくレベルとして基本的な生産ができるようになりましたならば、そこで居住モジュールまでを無人で作り、それから初めて月へ人が行くという手順になるのではないかと思います。

地球周辺の軌道では、このように資源がございませんから、人が行けば、その人を養っていくだけの荷物を運ばなくてはいけません。だいたい年間ひとりあたり1トンくらいのものを運ばないと、人間が軌道上で生活していけないわけでありますが、月へ行けば、基本的にはかなりの物資が揃うわけでございますので、確かに低軌道上から10分の1くらいの輸送しかできないという欠点はございますけれども、その欠点を長期滞在においては十分にカバーできるのではないかというわけであります。

最後に、このように大きな計画、これはまさに世界的な取組みとして行われなければいけないものであります。国際的でなければいけないというのは当然でありますけれども、最後のスライドを見せていただきたいんですが、国際的な取組みと申しますと、たいへん耳障りはよろしいわけでございますけれども、パートナーとして非常にしっかりした相手でありませんと、そのパートナーひとつが、特に大きなパートナーのひとつが、挫折いたしますと全体の計画ができなくなってしまってはいけないわけでありまして、これは新しい国際協力の形を踏まえて実行されるべきではなかろうかということで、ここに掲げてある原則というものを考えてみました。後ほどのパネル等で、このようなやり方につきまして討議を戦わせていただければ幸いと思っております。基本的には計画を途中で放棄するような場合には、他の主要国に内容をすべて、それまでの実績をすべて引き継ぐようにしてくれということです。そうすれば時期的には多少遅れても、実現に向けて必ず動き出すだろうというのが基本であります。

私の持ち時間、だいたい終わりになったようです。ご清聴ありがとうございました。


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