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> 月を知ろう > 月に関する研究発表 > シンポジウム「ふたたび月へ」 > 第1回シンポジウム(1994年) > 1.開会挨拶
月を知ろう

月に関する研究発表
1.開会挨拶
宇宙開発事業団 理事長 山野 正登

宇宙開発事業団の山野でございます。本日の「シンポジウム・ふたたび月へ」を開催するにあたりまして、主催者のひとりとして、ひと言ご挨拶を申し上げます。まず、皆様方たいへんご多忙の中を、このシンポジウムにお越しいただきまして、本当にありがとうございました。厚く御礼を申し上げます。

一昨日、私どもの方の向井宇宙飛行士が帰ってまいりましたが、彼女の「仕事場は宇宙」というキャッチフレーズどおりの、獅子奮迅の働きにつきましては、皆様テレビ等でご覧になったことと思いますが、私は彼女が打ち上げられる時に、ケネディスペースセンターに行っておりました。ちょうどその時から、25年前の同じ7月に、同じケネディスペースセンターから、アポロ11号が打ち上げられたことを思い起こしておりました。初めて月面に降りましたアームストロング船長が「これはひとりの人間にとっては小さな一歩であるけれども、全人類にとってはたいへん大きな飛躍である」と、たいへん感動的な言葉を管制塔に語りかけたわけでございますが、そのことを思い起こしまして、感慨ひとしおのものがございました。

アームストロング船長とオルドリンが月面着陸をいたしまして、ちょうど25年経ったわけでございますが、25年経ったいま、最近ふたたび月というものが注目されるようになってまいりました。我が国といたしましても、宇宙ステーションに続く21世紀の宇宙活動というものを展望しまして、月の探査、惑星の探査、そして長期的には月面基地の建設までを見通しまして、我が国としての考え方を検討しておく必要があるのではないかと考えられます。

去る7月に宇宙開発委員会の長期ヴィジョン懇談会というものの報告が発表されました。この懇談会には、私も委員として参加いたしましたし、恐らく今日のフロアには同じように委員として参加された方々がたくさんお越しと思いますけれども、この懇談会で今後30年間の我が国の宇宙開発を見通したヴィジョンを作るために、半年間にわたって議論が重ねられたわけであります。その時の議論の中心のひとつが、実は「月への指向」という本日のシンポジウムのテーマでございました。それも外国の計画にどう対応するかというだけではなくて、我が国としてアクティブに進むべき方向はどういう方向であろうか、いずれであろうかということが議論の中心でございまして、私はその議論を聞きながらたいへん心強く感じたわけでございます。

この長期的な課題に対しまして、まず我が国の国内で、より議論をいっそう広め、そして深める必要がございます。そこで、そのためにはどうしたらいいだろうかということで、宇宙科学研究所の秋葉先生とも相談いたしまして、そのひとつの契機、そのひとつの機会といたしまして、本日のシンポジウムを企画いたしたようなわけでございます。

さて月の探査という面から世界の情勢を眺めてみますと、結論的には、アメリカもヨーロッパも、最近、月に特に関心を高めているようでございます。アメリカはご承知のように昨年来の宇宙ステーション計画の見直しにも見られますように、議会がたいへん宇宙開発に冷淡になったという印象を与えておりまして、事実、私も米国の宇宙開発というのは、率直に申し上げて現在順風のもとにあるとは言い難いと思ってはおりますけれども、そういう中にありましても、最近NASAは新しい宇宙の戦略計画を発表いたしました。お読みになられた方もあろうかと思いますが、その中で今後の新しい方向のひとつとしまして、月・惑星の探査というものを積極的に進めていこうということを打ち出しております。それから一方ヨーロッパの主要各国も、これは米国の状況とそれほど変わるわけではないものでございまして、非常に厳しい財政状況下にあります。そういう中で従来の宇宙開発計画、特に有人計画というものをかなり縮小してまいりました。

しかしその中でも最近、月探査とそれに続きます月面開発構想というものを打ち出してまいりました。去る5月に欧州宇宙機関がスイスで開催いたしました「国際月ワークショップ」におきまして、ひとつの構想を発表したわけでございますが、それは2000年頃から月無人探査を始めて、ロボット・通信・輸送系といった各系につきまして徐々に整えていって、将来の進路というものを発展的に選択していこうという方針でございます。このように欧米各国とも月への回帰ということを明確に打ち出してきております。

そういう中におきまして、我が国におきましては既に1990年の1月に宇宙科学研究所において「ひてん」を打ち上げて、月まで探査機を飛ばした世界で3番目の国になったわけでございますけれども、向井宇宙飛行士が天女として宇宙で舞う前に、数年前に既にいわば機械の天女とも言うべき「ひてん」が羽衣を翻しながら、月の周りを周回したわけでございます。さらに宇宙科学研究所におかれては1997年にM-5ロケットで「ルナA」というものを打ち上げる計画をお持ちでございます。これは月の表面にペネトレータを打ち込んで、月の内部構造を解明しようというミッションを持ったものでございまして、世界ではもちろん初めての試みでございます。本日はこのミッションのリーダーでいらっしゃる水谷先生の講演もございますので、後ほど詳しいお話を聴かせていただきたいと期待しております。

私ども宇宙開発事業団におきましても、1985年以来、約10年間にわたりまして月ミッションの研究を続けてまいりました。月周回観測機、月面移動探査機、サンプルリターンから月面拠点、月面基地等々の発展シナリオとその概念の検討および必要な技術の研究開発、地上試験といったものを進めてまいりました。

先般、H-IIロケットの2号機を打ち上げました。これはご承知のように残念ながら「きく6号」の静止軌道投入に失敗いたしまして、国民の皆様のご期待に背いて誠に申し訳ないことと思っておりますが、その前段でございますH-IIロケットの2号機は、これは私の口から申し上げるのはおかしいのではございますけれど、完璧な打上げでございました。こういった風な技術を背景といたしまして、私どもが月探査計画を開始する力を技術的にはそろそろ持ったな、という実感がするわけでございます。

さて、そもそも月探査がなぜ必要かという問題がございます。これは大問題でございますが、地球の人口問題であるとか、あるいは環境問題であるとか、食料、資源、エネルギーの問題、そういった諸々の地球が抱えておりますグローバルな問題を考えますと、人類が将来にわたって、この狭い、この有限な地球にしがみついて、いずれは地球と運命をともにするのか、あるいは地球の有限性を乗り越えて、月・惑星にその活動領域を拡大して、継続的な人類の発展を目指すのか、これはたいへん大きな選択の問題でございまして、人類の抱える大問題でございます。私ども宇宙開発の関係者というのは手前みそで当然のことながら、後者を選ぶべきであるという答えしかないわけでございますが、しかしこのことは、我々宇宙関係者だけの問題でないのは当然でございまして、広く国民的なコンセンサスが必要な問題でございます。そういう意味で本日のシンポジウムをはじめ、いろいろな機会をとらえて、この問題を多くの人々に語りかけ、議論を進めていく必要があろうかと思っております。

またこの問題は、単に科学あるいは技術という側面からの問題ではなくて、人文・社会的な面からの議論をも深める必要がございます。先ほど私はひとつ申し落としましたが、そういう人類の持続的発展という私どもの実生活の面からの思考ではなくて、当然のことながら将来の科学の進歩という面からも議論する必要があるわけでございまして、私どもは当然、科学の進歩のためには、人類は宇宙に出て行くべきであるという思考になりますけれども、その点もあわせて検討する必要があろうかと思います。

また月の探査というのは、我々だけではなくて世界の全人類の問題でもございますので、この問題の究明にはいずれ国際協力が不可欠な問題でございますけれども、その国際協力の大前提といたしまして、まず国内の協力体制というものが必要なことは申すまでもございません。本日ここに宇宙科学研究所と宇宙開発事業団とが、共催でこのシンポジウムを開いたということは両機関が将来にわたって緊密な協力を続けていくという意志のあらわれとお取りいただいてもちろん結構でございますし、単にふたつの機関にとどまりませんで、他の研究機関あるいは企業の方々、さらに広い知識と能力とを結集する必要があるわけでございまして、今日のシンポジウムを機会といたしまして、ぜひそのような協力体制作りを皆様方の衆知を集めて進めてまいりたいと考えております。

我が国が世界に向けまして積極的に今後この問題について、提案を行っていくためにも、また諸外国からのご提案がありました場合に、これに応えるためにも、我が国の主張・意見というものを明らかにしておかなければなりません。本日のシンポジウムが、その第一歩となって欲しいと願っておりますし、アームストロング船長ではありませんが、この小さな一歩が、いつの日か人類の大きな飛躍につながるとしますれば、これはたいへん素晴らしいことだと思っております。

ご清聴ありがとうございました。


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