月の起源については過去いろいろな説が唱えられてきました。代表的な4つの説をまず簡単に解説します。

  1. 捕獲説
    月は地球とは全く別なところで誕生し、その後地球に捉えられたという考え方です。地球と月との違いは説明できますが、理論的には、宇宙をさまよっている天体を地球が捉えるということはきわめて難しく、あり得ないといってもいいことです。
  2. 分裂説
    月は地球から飛び出してできたという説です。確かに月の物質は、地球内部のマントルの物質と比較的似ています。しかし、固い地球から月が分裂するためには、地球の自転速度が相当速くなくてはなりません。
  3. 双子集積説
    月は地球の周りで独立に作られたという考え方です。月と地球が似たような物質からできている点をはじめとして、月と地球の特徴をよく説明できます。しかし、この説では月の運動の特徴(月と地球の角運動量)を説明することができません。
  4. 巨大衝突説
    最近になって、これらの説では説明できなかった事柄を説明できる理論として、巨大衝突説がにわかに注目を浴びてきました。これは、地球が誕生した直後、地球に火星くらいの大きさの巨大な天体が衝突し、その両方の天体から物質が飛び散り、月を作るもととなったという説です。

次に,これらの説についてもう少し詳しく説明します。
これまで多くの科学者が月の様々な性質について研究を行ってきました。アメリカのアポロ探査機が持ち帰った月の岩石は、月の研究を進める上で非常に重要な役割を果たしています。その結果、月と月を形作る物質は、いくつかの重要な特徴を持っていることがわかってきました。いくつか代表的なものを挙げると、

  1. 月と地球の酸素同位体組成はほとんど同じ。
    同じ元素でも少しだけ質量が異なる同位体の比率は、物質の起源を調べる上で重要な手がかりになります。酸素の同位体は月と地球でほとんど同じ値を持つことがわかっています。
  2. 月の親鉄元素の存在度は地球のマントルとよく似ている。
    鉄やニッケルなどの元素は互いによく似た性質を持つので、物質科学の上ではひとまとめにして親鉄元素と呼ばれています。この親鉄元素の存在度のパターンも、月と地球のマントルでよく似ているといわれています。
  3. 月には大きな核はない。
    地球の場合、中心に鉄を主成分とする大きな核があります。しかし、月にはそのような核はないか、あってもかなり小さいとされています。
  4. 月には揮発性元素が少ない。
    ナトリウムやカリウムなどの元素は熱するとガスになって逃げ出しやすいため、揮発性元素と呼ばれています。月の場合、地球や太陽系全体と比べてこの揮発性元素が非常に少ないといわれています。
  5. 初期の月にはマグマオーシャンがあった。
    月を見たとき白っぽく見える部分を高地といいます。この高地は主に斜長石を主成分とする岩石でできていますが、このような岩石は、昔、月の大部分がマグマの海、マグマオーシャンで覆われていて、それが固まるときにできたと思われています。
  6. 初期の地球-月系は大きな角運動量を持っていた。
    現在の地球と月の自転と公転の様子を元にして、昔の状態を推定すると、45億年前の地球は自転周期4時間という非常に速い速度で回転していたということがわかりました。現在一般に信じられている、小さな天体がたくさん集まってできたという地球の起源説では、このような速い自転は説明するのが困難です。

月の起源を考える場合、当然これらの特徴が全てきちんと説明されなければなりません。
(a)や(b)は、月と地球が同じような物質からできたということを意味しており、捕獲説では説明できません。しかし一方、(c)や(d)は月と地球の間には違いもある、ということで双子集積説にも問題があります。
また、(d)や(e)は初期の月が非常に高温になったことを示しているため、この点でも捕獲説や双子集積説は不利です。通常、天体は主につぎつぎ落下する隕石によって加熱されると考えられていますが、月程度の大きさの天体ではそれほど温度は上がらないと計算されています。
分裂説は物質的には月の特徴をうまく説明できますが、地球から物質を引き剥がすには(f)で求められた自転速度よりもさらに大きな速度が必要とされています。

このようにおのおのの説を採点していくと、現状でもっとも有力なのが、巨大衝突説(ジャイアントインパクト説とも呼ばれます)なのです。
巨大衝突によって引き剥がされた地球のマントル物質が月の原料になったと考えると、(a)、(b)、(c)の特徴をうまく説明できます。衝突によって物質は高温になりますから、(d)や(e)も大丈夫です。また、この衝突によって地球の自転が加速されたと考えれば、(f)も説明できます。

しかし、この巨大衝突説もよいことづくめではありません。
コンピュータで衝突の様子をシミュレートしてみると、実際に飛び散って月を作るのは地球からの物質ではなく、衝突してきた方の天体の物質の方が多いという結果が出てしまいました。
これではもともとの地球のマントルから月を作ろうという前提が崩れてしまいます。また、実は最近の研究では先に挙げた(a)から(f)の特徴自体にもいくつか問題があるのではないか、との指摘もなされています。
残念ながら、巨大衝突説も有力ではあるが100点満点ではなく、月の起源を確証を持って説明できる理論はまだない、というのが今のところの結論ということになります。

月はもっとも身近な天体ですが、その性質についてはまだまだわからないことが多く残っています。
今後の月探査によってさらに詳しく月の特徴を調べることができれば、月の起源論で本当に説明しなければならないのは何か、ということについてより正確なデータを得ることが可能になります。その上でより真実に迫った月の起源論を考えることができるようになるでしょう。

なお、月の起源に関する参考文献としては次のような本や論文があります。ご参考になさって下さい。

[1] W. K. Hartmann, R. J. Phillips and C. J. Taylor
“Origin of the Moon.”
(Lunar and Planetary institute, Houston, 1986)

[2] Shigeru Ida, Robin M. Canup and Glen R. Stewart
“Lunar accretion from an impact-generated disk”
NATURE 25, 1997


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