■謎に包まれた土星、そしてその輪と衛星

土星は太陽系の惑星としては、木星に次いで2番めの大きさを誇り、古くから、大きな輪を持つ惑星として知られてきました。しかしその穏やかな表情とは裏腹に、非常に強い磁場を持ち、自転周期が10時間40分と非常に速いという特徴を持ちます。また赤道付近では風速500メートルにも達する猛烈な風が吹き、その雲の頂上の温度はマイナス140度近くにもなるという、寒く厳しい世界です。
土星の輪は、太陽系の惑星の中でも異彩を放つ大きさと美しさで、古くから観測者たちの心を引きつけてきました。しかしその成因や性質などは、これまでの探査でも明らかになってきませんでした。むしろ、パイオニアやボイジャーといった、これまでの惑星探査機が撮影した写真からは、輪について多くの謎が浮かび上がってきました。
また、土星には30以上もの衛星があります。その中でも最大のタイタンは、直径約5000キロで、地球の月よりも大きな衛星であるばかりではなく、主に窒素からできている、地球よりも濃い大気を持っています。温度は非常に低いものの、その大気の底には有機物が存在すると思われており、生命の元になる材料さえあると考える科学者もいます。
また、大きなクレーターを持つミマスや、ほぼ100パーセントの反射率を持つ衛星エンケラドゥスなど、それぞれに個性的な衛星の世界が広がっています。

■周回機「カッシーニ」と突入機「ホイヘンス」

土星本体、輪、そして衛星を探査するため、アメリカとヨーロッパが共同で開発した探査機が、カッシーニ/ホイヘンスです。カッシーニ(Cassini)は、土星の輪にすき間があることを発見した天文学者であり、また、ホイヘンスは、土星に輪があることをはじめて発見した科学者・画家です。土星にちなんだ2人の名前がついた探査機は、土星とその衛星を周回する周回機「カッシーニ」と、土星最大の衛星タイタンに突入する突入機(プローブ)「ホイヘンス」からなります。「カッシーニ」はアメリカが、「ホイヘンス」はヨーロッパが開発しました。
「カッシーニ」は、カメラや磁力計などを搭載し、土星やそのまわりの衛星を周回しながら、その様子を撮影・観測し、土星本体や輪、衛星のなぞに迫ります。また、「ホイヘンス」プローブは周回機から切り離され、タイタンの大気に突入しながら、その大気の組成や風速、さらには着陸できた場合には表面の様子なども観測し、謎に包まれた衛星の素顔を探ります。

■計画から20年、到着まで7年、そして13年にわたる観測

カッシーニ/ホイヘンスは、もともと1980年代前半に計画されていた探査でした。しかし、予算の事情やスペースシャトル「チャレンジャー」事故による宇宙探査の停滞など、様々な影響により計画は延び続け、打ち上げはようやく、1997年10月に実現しました。
打ち上げ後も一直線に土星に向かったわけではなく、土星まで達するエネルギーを得るために「スイングバイ」という手法を活用しました。そのために、金星にまず立ち寄り、その後地球、木星へ寄り、実に7年もの歳月をかけて、ようやく2004年7月1日、土星に到着しました。
土星に到着したカッシーニ/ホイヘンスは、土星とその衛星周辺を回る軌道に入り、当初は約4年間にわたって探査を行う予定でした。
当初の探査の中でも、最大のハイライトともいえる探査が、ホイヘンス突入機による衛星タイタンの探査です。
2004年12月24日、ホイヘンス突入機が周回機から切り離され、2005年1月14日、タイタンの大気へと突入しました。突入機は順調にタイタン大気中を降下し、無事着陸に成功しました。降下中や着陸後に撮影された写真からは、タイタンの地表の様子が写し出されています。水路のようなものや海に似た地形など、分厚い大気の下に広がっている世界は、意外にも地球や他の固体惑星に似ているものといえます。

■数多くの発見を成し遂げ、いよいよ終幕へ

周回機だけとなったカッシーニは、その後、土星とその衛星の周りを回りながら、それらの詳細な観測を実施してきました。
その観測によって、これまでわかっていなかった土星、そして衛星の魅力的、そして不思議な世界が明らかになりました。
とりわけ、上で述べた「反射率ほぼ100パーセント」の衛星、エンケラドゥスでの発見は、カッシーニ探査最大の発見といってもよいものです。カッシーニはここで、水が噴出しているのを発見したのです。
おそらく、エンケラドゥスの地下には水の海が存在するのでしょう。わずか直径500キロほどの衛星の地下にこれだけの水が存在することも驚きですが、その水を生む(つまり、冷たい氷の世界で液体の水を長く存在させることができる)熱源にも興味があります。ひょっとするとエンケラドゥスの地下の海には何らかの熱源、例えば火山のようなものがあり、そこでは太古の地球のように、生命が生み出されているのかも知れません。
カッシーニが送ってくるデータは驚くべき発見の連続でした。これを受けて、当初4年だった探査は6年(2010年)まで、さらにその先へと延長されました。大きな探査機であるだけに、数多くの機器と余裕のある設計と燃料で、長く探査ができるようになっていたのです。
それでも、探査機の燃料が永遠にもつわけではありません。燃料が少なくなってしまうと、カッシーニは思わぬところへ飛行してしまう可能性があります。特に、カッシーニが積んでいる原子力電池には、猛毒のプルトニウムが使われています。もし、エンケラドゥスに存在するかも知れない生命に悪影響を与えてしまったら…。そのようなことがないように、探査機をあらかじめ決められたコースで土星大気中で燃やし、ミッションを終了させることが計画されました。
この最後のミッションは2017年4月からスタートし、土星の輪と本体の間を22回にわたってくぐるという危険度の高いミッションです。カッシーニは老体ながら順調にこのミッションをこなしています。そして、2017年9月15日、カッシーニは土星大気中に突入し、燃え尽きて最期を迎える予定です。なお、この最期の瞬間までカッシーニは土星大気に関するデータを取得し、アンテナを地球に向けてデータを送信することになっています。