誰も説明できない謎

 月を目指す意味のひとつに、月の誕生の謎を解明するという目的がある。月はこれほどまで人間と身近な存在でありながら、不思議なことに、月がどのように生まれたのかを誰も説明できないでいるのだ。
 月はどこからやってきたのか? この難問に解答を与えることは、単に月科学を進歩させるだけにとどまらない。太陽系やそこに属する各惑星の起源、特に地球の成り立ちの解明にもつながるものとして期待されている。月の誕生と地球の誕生は、密接に関係していると考えられているからだ。

親子? 兄弟? それとも他人?

 月の起源については、現在、大きくわけて4つの説が唱えられている。
 第一の説は、進化論で有名なチャールズ・ダーウィンの息子、ジョージ・ダーウィンによる「親子説」だ。これは、誕生初期の地球のマントルがちぎれて月ができた、すなわち地球と月は親子だとするものである。
 続いて「兄弟説」。これは、ガスや塵が集積して地球が作られた際、月も同時に生まれたというものだ。
 また、太陽系のどこかで作られた天体が地球の近くを通りかかり、地球の重力に捕らえられた「他人説」を主張する学者もいる。
 最近になって注目を集めているのは、原始地球と他の天体が衝突して月が生まれたという説である。衝突の衝撃で放出されたマントルが月になったというわけだ。衝突したのは火星サイズの巨大な天体ひとつ、あるいはもっと小さな微惑星が複数と考えられている。他人どうしが出会って月が生まれるのだから、親子、兄弟などの例にならえば「出産説 

[注1]」とでも呼べるだろうか。

内部構造の解明が鍵を握る

 残念ながら、いずれの説も完全に立証されておらず、だからこそ諸説紛々としているわけだ。
 どの説が正しいのか、あるいは別に正解があるのか。これを明らかにするためには、月の組成、月の内部構造を詳しく調べる必要がある。
 アポロ計画により、約400kgの「月の石」が地球に持ち帰られた。これらの岩石は世界中の科学者たちに配布され、さまざまな分析が行われた。結果、月面がどんな成分で覆われているかはかなり詳しく知られるようになったが、内部構造については推測の域を出ず、もちろん「なぜ月は生まれたのか」の説明もできないままだ。
 日本では、月面にペネトレーターという槍型の観測機器を打ち込み、月に起こる地震や揮発性元素の存在を調べる「LUNAR-A」や、月探査衛星などで月を全球的に観測する「SELENE」といった計画が進められている。どちらも月の内部構造と組成を明らかにしようというプロジェクトだ。

セレーネ計画 [注2]

 さらに時代が進み、月に基地が建設されて、月の地質調査、ボーリングなどによる深部の探査、より詳細な地震計測などが行われるようになれば、月の誕生の秘密により接近することが可能となるはずである。

[注1] 現在では「巨大衝突説」と一般的に呼ばれています。詳しくは こちら をご覧下さい。[注2] このイラストは、現在検討されているセレーネの形状とは異なっています。

参考文献:岩田 勉著
2020年 日本人の月移住計画は もう始まっている

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このページは、1997年4月から1998年3月まで宇宙開発事業団(当時)の機関紙「NASDA NEWS」に連載された、「月がふるさとになる日」を移設したものです。記述内容に当時の状況を反映したものがありますが、オリジナル性を重視し、そのまま掲載しています。