■火星の衛星からサンプルを持ち帰る探査

火星には、「フォボス」と「デイモス」(「ダイモス」と書かれることもあります)という2つの小さな衛星があります。両者ともに大きさはさしわたし20数キロメートルほどで、本当に小さな衛星です。その火星の衛星からサンプルを持ち帰るという日本の計画が、火星衛星サンプル・リターン計画、略称MMX (Martian Moons eXploration)です。
これまで、火星の衛星からサンプルを持ち帰ろうとした計画は実はありました。1980年代後半、当時の旧ソ連(現・ロシア)は、「フォボス」という探査機を打ち上げました。この探査機は2機打ち上がったのですが、フォボス1号は火星に向かう途中で通信途絶、フォボス2号はフォボスのすぐ近くまで近寄れたものの、そこで通信が途絶え、サンプル採取はかないませんでした。
そこでもし、MMX計画がサンプルリターンに成功すれば、世界ではじめてとなる、火星の衛星からのサンプルリターンに成功することとなります。
なお、MMX計画では現在(2017年4月)、フォボスとデイモス、どちらからものを持ち帰るのか(あるいは両方から持ち帰るのか)については決めていません。

■火星の衛星からものを持ち帰るという意味
ではなぜ、火星の本体ではなく、衛星から物質を持ち帰ろうとしているのでしょうか。それは、火星の衛星が非常に興味ある天体であることに由来します。
太陽系の惑星の中で、主に岩石からなる天体を「地球型惑星」と呼びます。水星、金星、地球、火星です。このうち衛星を持っているのは地球と火星だけですが、地球の衛星…月は、地球に比べてもかなりの大きさ(4分の1ほど)を持っています。一方火星の2つの衛星は、火星本体(直径約4000キロ)に対して非常に小さな衛星です。そもそも2つの惑星の衛星がこれだけ違うということは、そのでき方(成因)が大きく違うのであろうということを意味しています。
多くの科学者は現在、この火星の衛星は、ちょうど火星と木星の間にある、いってみれば「すぐ後ろの」小惑星帯から飛んできた小惑星が、火星の引力に捕まったものではないか、と考えています。ところが、2つの衛星は火星の赤道面を回っていて、この現象は捕獲説では説明がつきにくいのが現状です。
何らかの衝突でできた、という考えはどうでしょうか。火星には巨大な衝突クレーターがありますから、その際に飛び散った破片が(ちょうど地球の月における「巨大衝突説」のように)やがてこれらの衛星になったとも考えられるのですが、実は2つの衛星の一が説明できないという困難な問題を抱えています。
このように、火星の衛星がどのようにできたのかを知ることは、火星にはるか昔どのようなことがあったのか、またどのようにしてできたのかを知ることにもつながります。また、もし火星の衛星が小惑星起源であれば、小惑星帯まで行かなくても小惑星の物質を探ることができる可能性もあるわけです。
さらに、火星の衛星の表面には、火星からやってきた物質が存在している可能性もあります。火星表面の度重なる衝突で地表の物質が飛び散り、それが衛星に付着した可能性も十分にあります。またもし衝突説が正しければ、衛星のある程度の物質は火星由来である可能性も高まります。サンプルを回収できれば、私たちは火星に行かずとも、火星の物質を手にすることができるかも知れないのです。
なぜ火星の衛星が2つでこれほど小さいのか。地球と(あるいは水星、金星と)どうして全く違うのか。おそらくその疑問は太陽系のでき方にも関連する疑問かも知れません。それを解き明かす探査が、MMXです。

■「はやぶさ」「はやぶさ2」の着陸技術を活かす
日本はこれまで、2回の着陸探査に挑んできました。いうまでもなく、小惑星に挑む(挑んだ)「はやぶさ」そして「はやぶさ2」です。
一方で、日本はこれまで、大きな天体(月や火星など。専門用語では「重力天体」といいます)への着陸は行ってきませんでした。諸外国が続々と月などへの着陸探査を行う中、日本もこのような大きな天体への着陸技術を習得しておくことが、諸外国に遅れず、宇宙開発先進国を進むための道でもあります。
今回MMX計画で挑戦しようとする火星の衛星は、大きさが20キロほどです。「はやぶさ」や「はやぶさ2」で挑戦した(する)小惑星は大きさが1キロメートル以下、それに比べればかなり大きなサイズの天体といえるでしょう。しかし一方では、月やその他の惑星などに比べればぐんと小さい天体でもあります。
日本は2019年度の打ち上げを目指し、月着陸実験機「スリム」を開発しています。一方では、このような「これまで着陸してきたものよりは大きいが、他の天体に比べると小さい」天体に着陸し、サンプル回収を実施することで、こういったサイズの天体への探査経験を積んでおくことが、技術的にも重要です。このような大きさの小惑星から将来サンプルを持ち帰ることもあるでしょうし、着陸して探査するということもあるでしょう。そういったときに今回の経験は大いに役立つことでしょう。

■2020年代前半に打ち上げ、2024年打ち上げが有力か
火星への探査の好機は、火星と地球との位置関係から、約2年に1回訪れます。近年では2016年がその好機で、ヨーロッパとロシア共同の火星探査機「エクソマーズ」が打ち上げられました。
次の好機は2018年、その次は2020年です。
MMX計画は現在検討が始まったばかりで、まだ実際に機体が作られるまでには時間がかかります。JAXAでは、打ち上げを「2020年代前半」としていますが、報道では2024年(つまり、2016年からみれば次の次の次の次の好機)打ち上げとの話もあります。
いずれにしても、2年に1回のチャンスということで、その機会を逃さずに、スケジュール通り、あるいは遅れなしに探査機を製造し、打ち上げできるかどうかも、日本の宇宙開発能力が試される点でもあります。諸外国の火星探査機も、打ち上げ数カ月前に不具合が見つかり、せっかくの打ち上げチャンスを2年伸ばしてしまう、ということがかなり発生しています。
MMX探査機が2020年代前半に飛行すれば、日本は1998年に打ち上げ、火星周回軌道への投入を果たせなかった探査機「のぞみ」から四半世紀ぶりに、火星へとふたたびチャレンジすることになります。諸外国に比べ、日本としては火星探査への動きが鈍かったといえますが、火星の衛星探査・サンプルリターンという「ひねり技」で科学面で諸外国にどこまで追いつけるか。また、小天体サンプル・リターンという「お家芸」をどこまで進化させることができるか。MMX計画は国内外からも注目されています。



参考資料: 玄田英典、火星衛星の起源 −ちっぽけな衛星が語る壮大な物語−、JGL (Japan Geoscience Letters), Vol. 12, No. 4, pp.6-8, 2016