以前お伝えした、アラブ首長国連邦 (UAE) の火星探査計画の詳細が、このほど発表されました。計画名は「アル・アマル」(Al Amal)、アラビア語で「希望」という意味です。そして英語に直すと「Hope」、さらに、日本語では「のぞみ」とも…そう、偶然ではあるのですが、日本の悲運の火星探査機の名前を引き継いで、2021年に火星へと到達することになります。

この火星探査を率いるのは、4月18日に設立された、ムハンマド・ビン・ラシド宇宙センター(MBRSC: Mohammed Bin Rasheid Space Center)です。このセンターは、UAE先端科学技術研究所(EAIST: Emirates Institution for Advanced Science and Tecnology)の下部組織で、この火星探査を含め、UAEの宇宙計画(衛星打ち上げなど)全般を担うことになります。

このアル・アマルは、現在の予定では2020年7月打ち上げ、9ヶ月の飛行の後、火星には翌年2021年4月に到着する予定です。
この火星探査計画の詳細は、そのセンターの名前にもなっている、UAEの副大統領かつ首相、またドバイ地域の首長をも務めるムハンマド・ビン・ラシド・マクトゥム副大統領が出席したイベントで、5月6日に(現地時間)発表されました。
この計画は、UAEの建国50週年を記念したもので、すでにこの計画のために75人の科学者・技術者が働いているとのことです。2020年にはUAEで国際万国博覧会も予定されているということで、まさにこの時期のドバイはお祭りムード一色に染まるのではないでしょうか。

火星探査については、基本的には科学目的ということで、火星の気候を調べることで、過去の火星の環境を明らかにすることを目的としています。プロジェクトの副マネージャーを務めるサラ・アミリ氏は、「温度や風、ダスト、雲といった火星の気候に関する様々な要素のつながりをモデル化し、気候への影響を解き明かすことになるだろう。」と述べています。また、これ自体が地球の気候変動のモデル化にも寄与し、さらには生命の存在という究極の探査目標の達成にもつなげられるかも知れないと期待しています。

得られたデータは国内外の200の大学・研究所などに送られて解析される予定です(編集長注: これが「国内外」なのか「UAE国内のみ」なのか報道からだけでははっきりしません。これだけの数となるとUAE国内だけではないだろうという推定から国内外としています)。副プロジェクトマネージャーのエブラヒム・アル・カシミ氏は、「このデータにより、世界中の科学コミュニティが、火星大気に関するより深い知識と理解を得ることになるだろう」と述べています。

この計画はまた、国家としての大きな目標もあります。シェイク・カリファ大統領は、「この計画によって、イスラム世界は宇宙探査への仲間入りを果たす。それによって、私たちは人類への貢献を果たすのだ。」と述べています。
このアル・アマル計画が成功すれば、UAEは旧ソ連(ロシア)、アメリカ、ヨーロッパ、インドに次ぐ、世界で5番めに火星に到達した(この「到達」とは火星周回軌道投入、あるいは火星軟着陸を意味します)国となります。火星探査を実施したことがある国としては、さらに日本、中国が含まれますが、現時点でこの2カ国とも2020年までの火星探査計画はありませんので(今のところ、ですが)、計画が順調に進めばそのこの「5番め」の座は間違いないものと思われます。

ムハンマド・ビン・ラシム副大統領は、演説の中で「この探査機は、よりよい生活を求める数百万人もの若いアラブ人たちの意思を代表するものといえる。未来がなければ達成もなく、希望のある生活もない。」と述べています。

さて、火星探査機そのものの方に目を向けていきましょう。ガルフニュースの記事によると、火星探査機の大きさは「小型の自動車ほど」ということで、かなりの大きさの探査機を最初から打ち上げることが意図されています。
火星に到着してからの観測期間は約200日。周回軌道には2023年まではとどまることになりそうです。もし探査機の状態がよい場合、さらに2年間計画が延長されて2025年までになるとのことです。火星から送られるデータの量は1テラバイトにのぼると推定されています。
上記のユーチューブの動画からみると、探査機は3方向に伸びた太陽電池パネルを持ち、回転していることからスピン安定方式を採る方向で検討しているものと思われます。形も中央部を中心とした線対称型になっています。

では、この計画にいったいいくらいの費用がかかるのかということですが、ここはムハンマド・ビン・ラシム副大統領は「この計画は費用の問題ではない。これは投資なのだ。私たちの目標は、研究をし、研究所を持ち、重力、銀河そして火星について深く探求することである。」と述べています。ただ、いずれにしてもコストは発表されていません。UAEの国力を考えれば、コストは問題ではないのかも知れません。

さて、以上の記事でもっとも気になるのが、打ち上げのロケットです。今のところ、UAEは自身のロケットを持っていません。同じく上記のユーチューブ映像をみると、UAEから打ち上げられるようにみえますが、果たしてこの5年間で火星探査に適するロケットの開発を自国で進めるのか、あるいは他国のロケットを買うのか、このあたりはわかりません。報道でもロケットに触れているものはありません。

火星探査は困難なチャレンジです。日本もかつて、まさに同じ名前を冠した「のぞみ」を火星周回軌道に投入することに失敗しました。ロケットがうまく打ち上がっても、衛星がうまくいかなければミッションは達成できません。逆に中国の「蛍火1号」は、衛星は完成していたものの、ロケット(ロシアの「フォボス・グルント」)の不具合で火星に到達できませんでした。
その点、インドは「挑戦1発め」で火星の周回軌道に見事投入することに成功しています。ただこれも、インドはその前に月探査という「練習」をしっかり行っているわけでして、それを抜きに、しかもあと5年で、火星へのチャレンジを行うということが果たしてうまく行くのかどうか。
潤沢な国家予算を抱えているUAEですから、その点「金で何とかする」のかも知れませんが、ミッションには金ではどうにもならない部分があることも確かです。今後それをどうしていくのかが大きな注目点です。

また、国際協調という部分も今後どのようにしていくのかに注目していく必要があります。この地域ではイランが宇宙開発を進めていることは以前から知られていますが、これに対抗するような形で進めていくのか、あるいはもう少し国際協調的な形で進めていくのか。また、大統領演説などでは「アラブ全体」という点が強調されていますが、アラブ域内での協力関係などが生まれるのか。さらに、これまで宇宙開発や月・惑星探査を進めてきた国々との協力関係をどう築いていくのか(そこに日本が含まれることも忘れてはなりません)。
ここまで大々的に発表し、技術者を集め、宇宙庁まで設置している以上、好むと好まざるとにかかわらず、必ずこの探査計画は進んでいくことになるでしょう。私たちも今後の情報を慎重に見守っていくことにしましょう。