とうとう、知られざる宇宙開発国ブラジルまでが、月へと向かおうとしています。
ブラジルのサンパウロ大学が、ブラジルで初となる月周回衛星を開発し、2020年12月に打ち上げる、と発表しました。衛星は超小型衛星(ナノサテライト)で、月の周りを周回し、月周辺の環境を探るとのことです。
チリの新聞、サンティアゴ・タイムズが伝えています。

サンパウロ大学が開発する月周回衛星の想像図

ブラジル・サンパウロ大学が開発するという月周回衛星の想像図。サンティアゴ・タイムズの記事(URLは下を参照)より

このプロジェクトは「ガラテアL」(Garatéa-L)と名付けられており、サンパウロ大学を中心として、ブラジルのいくつかの研究機関が共同で開発するとのことです。費用は3500万ブラジルレアル(日本円では約11.4億円)です。超小型衛星の開発としてはかなりの費用になっていますが、打ち上げ(委託)の費用なども含まれているのではないかと思われます。
なお、この「ガラテア」という名前ですが、最初はギリシャ神話から来ているのかと思いましたが、そうではなく、ブラジルの土着言語のトゥピ・グアラニ語では「生命を探す」という意味になるのだそうです。

衛星の目的は、月の周りを周回して月表面についてのデータを収集すること、また、「人間の病原菌(最近?)、分子及び細胞についての科学的な実験」を行うということです(原文では “conduct pioneering experiments with human microbes, molecules and cells.”となっています)。

本計画は、航空技術者であり、航空コンサルタント会社エアバンティス(Airvantis)の創業者でもあるルーカス・フォンセカ氏が、サンパウロ大学サン・カルロス校の工学部のイベントで発表したものです。
さて、このルーカス・フォンセカさん、どこかで名前を伺ったような…と思いましたら、なんと、ヨーロッパ宇宙機関(ESA)のロゼッタ計画にも加わり、サンパウロ大学でESAと共同研究を行った経験もあるそうです。彼によれば、「近年の超小型衛星(ナノサテライト、あるいはキューブサット)技術の進展によって、ブラジルも新たに惑星間探査に加わることができるようになった」とのことです。

今回の計画に加わるのは、ブラジルの宇宙開発を主導する国家機関であるブラジル国立宇宙研究所(INPE: National Institute of Space Studies, ポルトガル語ではInstituto Nacional de Pesquisas Espaciais)、サンパウロ大学の航空技術研究所、国立シンクロトロン光研究所、及びリオ・グランデ・ド・スル・カソリック大学(Pontifical Catholic University of Rio Grande do Sul)です。これらの機関はすでに共同作業を開始し、資金調達や衛星の組み立てを実施しています。衛星は2019年9月までには完成させたいとのことですが、これは人類の月面到達50周年(アポロ11号の月面着陸から50周年となるのは、日本時間では2019年7月21日です)を祝うためとのことです。
打ち上げは、インドのロケットPSLVを使用します(PSLV−C11)。。打ち上げはイギリスの2つの会社を通して実施し、ESAとイギリス宇宙局との協力により実施されます。同じロケットでは、イギリスのサリー大学(小型衛星の開発では先駆者的な役割を果たしています)の関連企業であるサリー衛星技術(SSTL)と、グーンヒリー通信所が開発する、世界初の(と彼らが謳う)商業レベルの月周回衛星、パスファインダーを打ち上げる予定になっており、これに相乗りするということです。おそらく、記事にある「イギリスの2つの会社」はこのサリーとグーンヒリーではないかと思われます。

ESAは月周辺に超小型衛星を多数配置する(通信目的なのか科学観測なのかはわかりませんが)という構想を持っているようで、今回のブラジルの衛星もその1つになるようです。

衛星の名前「ガラテアL」が「生命を探す」という言葉から来ているのには、この衛星が月周辺における環境での微生物や細胞、生物を構成する分子への影響を調べるということから来ているためだと記事では解説しています。具体的にどういった装置を搭載するのかはわかりませんが、マーズ・サイエンス・ラボラトリーに搭載されたような、人間の組織を模したものを宇宙空間にさらすことで宇宙放射線の影響を探る、といったようなものかも知れません。この研究は国立シンクロトロン光研究所とサンパウロ大学化学研究所の研究者が実施するとのことです。
また、月周辺における宇宙放射線の強度を測る装置も搭載されるとのことで、将来の月面、あるいは月周辺での人間の活動にも役立つデータが提供されるでしょう。

今回のブラジルの衛星は、衛星の開発は自分たちで行い、打ち上げは「相乗り」という形で実施することになりますが、成功すればブラジル発の月探査衛星ということになります。ブラジルも宇宙開発を積極的に進めていますから、いずれは自国のロケットで月へ…ということもありうるでしょう。
記事にもありますが、超小型衛星技術が進展して、超小型の月・惑星探査機の開発があちこちで計画、あるいは実施されています。日本でも、東大とJAXA共同開発の超小型衛星「プロキオン」が2014年12月に「はやぶさ2」と共に打ち上げられ、小惑星を目指しました(惜しくも失敗に終わりましたが)。金星へは大学宇宙コンソーシアム(UNISEC)が開発したUNITEC-1が向かいました。
小型衛星技術が進歩する一方で、開発価格は安くなってきており、発展途上国であっても、あるいは小規模な団体であっても、打ち上げ機会さえみつけられれば月・惑星探査衛星を作ることが出来る時代になってきています。ブラジルの挑戦に大いに期待したいところです。

  • サンティアゴ・タイムズの記事 
[英語] http://santiagotimes.cl/2016/11/30/university-of-sao-paulo-targets-the-moon-for-2020/
  • サンパウロ大学サン・カルロス校の記事 [ポルトガル語] http://www.saocarlos.usp.br/index.php?option=com_content&task=view&id=26421&Itemid=1
  • 「パスファインダー」 (グーンヒリー宇宙通信所) [英語] http://www.goonhilly.org/moon-50/ceres-moon-mission