NASAはこのほど、月探査機ラディーについて、アメリカ太平洋夏時間の4月17日午後9時30分から10時22分までの間(日本時間では18日の午後1時30分から2時22分)に、月面に制御落下したと発表しました。ラディーを運用するNASAのエームズ研究センターの管制官が確認したものです。

制御落下とは、燃料が尽きた探査機を放置して月面のどこかに落ちるのを待つのではなく、あらかじめ軌道を制御しておいて、特定の(決定した)場所に落とすというものです。探査機を軌道上に放置することは、将来の月開発にとっても大きな問題になりますし、どこかわからない場所に落とすことも、将来の月面開発にとって大きなリスクになります。そこで、あらかじめ決めておいた場所(これは探査機ごとに異なります)に落下させることで、月開発、あるいは月の現状へのリスクを最小限にします。
過去いろいろな探査機がこのように制御衝突によって探査を終了しました。例えば日本の月探査機「かぐや」も、2009年6月に月の南極に近いところに制御落下させることで探査を終了しています。

また、月は重力が強いところと弱いところに分かれていて、周回する探査機は絶えずその影響にさらされます。重力の影響はもちろん、低い軌道を飛ぶ探査機の方が強く受けます。今回のラディーは軌道の高さが50キロメートルでした。「かぐや」が100キロの高さを飛んでいたのに比べると、より強く重力の影響を受け、軌道が不安定になります。
不安定な軌道をカバーするためには、燃料を噴射して軌道を安定させる必要があるわけですが、当然のことながらその分燃料を多く消費します。また、上で述べたように、もし(何も燃料噴射などの制御をせずに)周回軌道に放置すれば、いつかは月面に落下してしまいます。その意味でも、制御落下を行うことが必要だったわけです。

ラディーに携わっている技術者の推定によれば、この落下の際にラディー探査機は四散し、おそらく数百度という温度にまで熱せられ、一部はその熱によって蒸発してしまったのではないかと思われています。また、衝突によって小さなクレーターが形成されたのではないかと考えられています。
ラディーのプロジェクト科学者である、NASAエームズ研究センターのリック・エルフィック氏によれば、ラディーの衝突時の速度は秒速1600メートル(アメリカ流にいえば秒速1マイル、あるいは時速3600マイル)で、これは高速ライフル銃の弾の速度の3倍にも匹敵するとしています(編集長注: ライフル銃の速度はいろいろなものがありますが、早いものでは秒速1キロを超えるものもあるようですので、ちょっとこの推定とは異なるようです。拳銃弾であればまだ近いかもしれませんが)。
エルフィック氏によれば、「こんなスピードではちゃんと残るものなど何もない。我々の関心としては、ラディー探査機の衝突によってできたクレーターが、斜面のような場所で比較的まとまったクレーターになっているか、平原で破片が散らばっているのか、そのどちらかである。いずれにしても、どのようなクレーターができたのかは楽しみである。」と述べています。

4月のはじめに、探査機の軌道を、いちばん低いところが月面となるように修正する指令が地上から送られました。この指令により、ラディーの軌道は地上から2キロ以下になるように設定されました。これもまた、科学者がこれまで集めたことのないデータを収集するのに役立っています。
4月11日、ラディーは最終軌道変更を実施します。これにより、ラディーは月の裏側に制御衝突するようにプログラムされました。裏側への衝突というのはこれまでの探査では例がなく、またもちろん月の裏側ですから、私たちが衝突の瞬間をみることはできません。
この間、4月14〜15日には月食がありました。月食は月では日食となります。太陽の光が届かなくなるわけですから、発電を太陽の光に頼っている探査機にとっては大きな打撃となります。今回はラディー探査機の月食での状況をみることで、探査機が月食に耐えられるか、また搭載しているバッテリーが低温にも耐えられるかを確認しました。

ラディーの正確な衝突時間、また衝突場所については、この先数ヶ月かけて、月周回探査機ルナー・リコネサンス・オービター(LRO)が撮影する写真を利用して決定することになります。

ラディーは2013年9月、NASAワロップス飛行施設にある発射場から打ち上げられました。ワロップス飛行施設から月・惑星探査機が打ち上げられたのははじめてのことです。
10月6日に月に到着、11月10日から科学観測を開始しました。11月20日には赤道上空を周回する観測軌道に入り、そのあと今年3月まで科学観測を行いました。当初の目標が「100日間(約3ヶ月)の科学観測」ですから、ラディーは立派にその目標を達成したことになります。

ラディーの目的は、月の周りを漂う細かいチリや、月の周りにごくわずかに存在する大気、また月上空にある電離層の観測を行うことでしたが、そのほかにも大きな成果を挙げています。レーザー光通信の実証実験です。
月と地球とを双方向のレーザー光で通信する通信実験「月レーザー通信実験」(LLCD: Lunar Laser Communication Demonstration)は、月上空を周回するラディーと、地上のレーザー光発信局との間で、高速・大容量のレーザー通信が行えることを実証するために行われました。
38万キロも離れた月との間で、光で通信できるの?と思われる方もいらっしゃるかもしれません。しかし、レーザー光は、雑音に阻まれたりしやすい電波などとは異なり、高速で大量のデータを宇宙空間で送るための画期的な手段なのです。ただ、月と地球との間でのレーザー光通信は、ラディーがはじめてです。
ニューメキシコ州の基地局と月とを結んだ今回の実験では、なんと月からのダウンロード速度が毎秒622メガビット(622Mbps)と、地球の光ファイバーをも超えるスピードを達成しました。さらに、月へのアップロード速度も毎秒20メガビット(20Mbps)と、これまでの探査機とはまったく比べものにならない速度を達成しました。
この実験により、今後月-地球間、あるいは月-地球くらいの距離の衛星間の通信などに、レーザー光が幅広く使われることが期待されます。

もちろん、ラディーの観測データは、長年にわたる科学への問への答えを開く扉になるのではないかと、科学者は期待しています。例えば、アポロで何度かみられた日の出前の明るい「月面の朝焼け」は、電荷を帯びて舞い上がった月面のチリ(レゴリス)によって引き起こされるものではないか…こういった疑問にも、答えを出せるでしょう。

ラディー計画のプロジェクトマネージャーであるエームズ研究センターのバトラー・ハインズ氏は「ラディーからの最後の信号を受け取るときには、ほろ苦い気持ちでいっぱいになった。ラディーとはもう何年間も、エイムズで一緒に組み立てに携わってきた。この何ヶ月かは、月を周回している間、ずっと信号を受け取って、一緒にいるかのようだった。」と、その気持ちを述べています。

「ラディーは、いくつもの『初物』があるミッションだった。100キロを下回る超低高度で100回以上もの周回を行ったというのもはじめてのことである。(このような抵抗度での周回は)非常にリスクの多い決定ではあったが、今はそのリスクをとる価値が十分にあったと感じている。」(NASA本部のラディープログラム責任者、ジョアン・サルート氏)

なお、以前のブログ記事でお伝えした通り、NASAではラディーの落下時刻を当てるキャンペーンを実施していました。数千もの応募があったとのことで、NASAでは当選者に、デジタル当選証を送ることにしています。